「……はじめ、まして。ゆうしゃ、あべ、あきは、です」
明葉がバイオレンスです。
江藤命の体には思いの外外傷がなかった。
手足に数発、頭にかすり傷、それぐらいだ。
聞けば明葉と入れ替わってすぐに机の下に潜り込んで難を逃れたららしい。
すでに弾は摘出され血は止まり痛みもほとんどのない。
焦げて千切れたローブの裾と机に埋まった銃弾だけが銃撃戦の跡を物語る。
「……帰って来ましたか」
「ならば、再度」
「お帰りになるまで繰り返すのみ」
銃口が向く。明葉に。
同時に明葉は机の下に潜り込む。
破裂音。爆発音。
しかし、当たらなければ意味がない。
かちりと上がる撃鉄。引き金にかかった指。
安部明葉のまさに目の前にその拳銃はあった。
黒々とした闇をこちらに向けて。
なぜそう思ったのか。
なぜそうしたのか。
きっと一生分からないだろう。
とにかく明葉はその拳銃を掴んだ。
驚いた、のだろう。
その隙をついて奪い取る。
時間にすれば一瞬の出来事だっただろう。
しかし、明葉にはそれこそ何十分もたったように感じられた。
ずしりと重い感触。
それを味わう暇もなく、明葉は引き金を引いた。
外さないように密着させて。
自分の? いや他人の脚だ。命お姉さんの右足。
躊躇なく撃ち抜く。
反動で弾かれた手を左脚に向けながら明葉は返り血を拭う。
いつの間にか銃声は止んでいる。
その代わりに包囲する足音。
「……バケモノめ」
「魔女風情が勇者様の名を騙るとは……」
ふむ? 魔女? もしかして勘違いされてる?
……まあ、どうでも良いことだけどね。
手の中に銃がある。そして目の前には脚がある。
引き金を引くしかないシチュエーションだ。
焼けつくような痛みがする。
何かが爆発したみたいな異物感。
それを明葉は他人事のように感じていた。
実際他人事だった。
これは明葉の体じゃない。
本当に銃で撃たれたのならこんな痛みでは済まない。
今までずっと感じていた違和感がやっと形になった。
液晶パネルの向こう側を覗き込もうとしているような。
自分から自分が抜け出て頭の上から自分を観察しているみたいな。
自分と世界の間に目に見えない幕があるみたいな。
当たり前だったのだ。自分の体じゃ無いんだから。
「おい!貴様――!」
不意に襟首をひっ掴まれて机の下から引きずり出された。
首元には銃。それも小銃と呼ばれるタイプ。いや、首だけではない。
腹にも。
胸にも。
腰にも。
腕にも。
脚にも。
冷たい鋼の感触がある。
バズン。そんな音がして腹で血と肉がはぜた。
貫通よりも破壊を念頭に置いた一撃。
ごふりと内臓から逆流した血が口から溢れ出す。
ああ、痛いな。
そう思う思想はどこまでも他人事だった。
このままいけば命お姉さんは死んでしまうのだろうか。
会ったことも話した事もない人だけど――だけどなんだか悲しかった。
殺されるのだろうなあ。
そして、公爵はそれを知っていて黙っていた。
ならば、これが今回のお仕事なのだろう。
「……まだ息があるのか」
「相手は魔女だぞ? そう簡単に死ぬ訳がない」
やれやれ。とんだ魔女裁判だ。
死んだら魔女じゃなくて死なないなら魔女。
素敵な理屈だ。
不思議に頭は冴え渡っている。
手元には血と言う名の赤いインク。
手を伸ばせば血だまりの向こうに手が届く。
何を描く?
何なら自分が勇者だと証明できる?
知識か?技術か?
いや、どれも決め手には欠ける。
ふと、公爵が目についた。
壁際で拘束され銃を突き付けられている。
いつも通りの怖いものなど何もない余裕の表情
あ。
そうか。
これを書けば良いのか。
率直に。真っ直ぐに。
手は動く。
するすると滑らかに。
書くのは日本語。
三行。
それで、ピタリと兵士の動きが止まった。
やっぱり。
兵士たちが「日本語」で話していたから、読み書きも出来るだろうと踏んだのは誤りではなかったようだ。
「……まさか、本当に?」
「……勇者様、なのか?」
血だまりの中で明葉は微笑む。
「……はじめ、まして。ゆうしゃ、あべ、あきは、です」
内臓から溢れ出る血を必死に押し留めて。
黒光りする銃身に顔を写して。
「死ね! エトウレン! ディルク・シュンペイター!」の三行をバックに。
明葉は涼やかに笑った。
自分を傷つけるのに容赦ない明葉さんでした。




