「切り札を切るとしようか」
たった二人の戦争の続き
『鋏要らず』。
七国唯一の戦闘用裁ち鋏。
魔法鉄鋼王国の技術の粋を集めたその鋏は数奇な運命を辿ってアラン・シセの元にやって来た。
刃とグリップが一体成形された右利き用の鋏。
刃渡り五十センチを超える大鋏。
骨すら断ち切る恐るべき凶器である。
ジャズッ!
鋏要らずが肉を断つ。皮膚や衣服は言うに及ばず。
軽快に。どこまでも軽快に。
赤き血をまき散らしながら。
ジョキン。ジョキン。ジョキン!
腹を胸を腰を腕を脚を切り刻んでいく。
軽やかな、それは死の舞踏。
「見事」
体に刻まれた幾多の傷を即座に癒して江藤蓮は薄く笑う。
この程度はまだじゃれあいの類い。
この程度蓮にとってはダメージですらない。
「お褒めに預かり光栄です」
刹那。
鋏要らずが翻る。
切り飛ばされたのは――左腕。
肘の辺りで切り落とされたどさりとそれが地に落ちる前に――傷口から血をまとって『蛇』が飛び出した。
『蛇』?――否。奇怪なそれをなんと呼べば良いのだろう?
蒼鈍色の鱗はぬめぬめと輝き、しなやかな胴はするするとアランを締め上げる。
そして、一際奇怪なのは頭部。
目もなく鼻もないその頭部には禍々しい顎のみが鋭き牙を並べてアランを狙っていた。
ヒュンッ!
蛇は跳ぶ。
アランの顔面めがけ。
ジョキン!
鋏要らずがそれを両断する。
「……ッ!」
その切断面から生える牙。
生き物のようにそれは動いて。
アランの右腕にかぶりつく。
しかし。
「……やはり、堅いな」
牙はスーツを切り裂けない。
蚕から改良した強化型繊維『白縫』
それを鋏要らずのアラン・シセ直々に仕立てた戦闘用スーツ――『白夜』。
勇者界で軍事や宇宙開発に使われる繊維と比較しても引けは取らない自負がある。
衝撃すら完全に殺してアランは『蛇』を振りほどく。
血の跡すらそこには残らない。
「じゃれあいはここまでか。――では早速」
江藤蓮は右腕をかざす。
肘から先が取れた右腕を。
「切り札を切るとしようか」
その言葉と同時に。
右手が再生していく。
――指先から。
「ッ!」
思わず距離を取ったアランを誰が責められよう。
生命魔法とは一カロリーから四、二ジュール以上のエネルギーを発生させる技術である。
この余分に発生したエネルギーが『魔力』であり、魔法の源である。
魔法使いの力量とはいかに少ないカロリーで多くの魔力を発生させられるか、の一語に尽きる。
そしてジュールを得る為には必ずカロリーを消費しなければならない。
命の火を燃やした対価として莫大な魔力を得、
その魔力は治癒力の強化であったり、運動能力の向上であったり、思考能力の高速化であったり――とにかく生命活動の一環として消費される。
――しかし、この現象は。
「魔力の物質化……だと?」
虚空に。
何もないその空間に忽然と現れた右手。
それは蓮の右肘の切断面に向けてじわじわと再生を続け――右肘の傷口にピタリと融合した。
「……馬鹿な、核融合でも起こしているというのか」
「さあ、どうだろうな? しかし――これでもまだ最大火力を名乗るつもりか?」
江藤蓮は再生した右手を天に掲げる。
掲げた右手に「何か」が集まっていく。
色もなく、光もなく、音もなく、風もなく。
ただ圧倒的質量だけを感じさせて――。
「……………………………………総員、迎撃準備!!」
神聖王国が最大火力と言われる所以は単純である。一人より二人、二人より三人。魔法を分割し分業し多人数での発動を可能とする。
一人一人が僅かな魔力しか発生させられなくとも――軍一つ分集めれば巨大な力になる。
ただそれだけのシンプルな思考法。
アラン・シセはことこの分野においては天才と言っても良かった。
初見の魔術を観察し分解し再構成し――一般兵でも使えるように作り直してしまう。
ただそれだけに限って言えば七国最速。
例えそれが――。
江藤蓮の最先端だったとしてもそれは変わらない!!
(惑わされるな!! あれは出力が大きいだけの――『通信魔法』!! こちらの位置座標が分からない以上直接的な攻撃には至らないはず!!)
そう判断するのが一瞬。
対抗する術式を構築するのが一瞬。
それが魔力で繋がった神聖王国一万の兵士に伝わるのが一瞬。
鋏はいらない。この良く切れる頭があればどんな魔法も細切れにして見せよう――!!
そして――発動。
同時に――発射。
魔力による遠隔攻撃。
それはいまだかつて誰も成し得たことの無い偉業。
生命からの魔力の分離。
ありえない、とされてきた。
――その常識がここで覆るッ!!
ギギギギギギギギッ!!
異音を立てて魔力と魔力が衝突する。
アランの左手から立ち上がった魔力の『壁』が。
蓮が放った魔力の『球』を受け止める。
咄嗟に。
鋏要らずを地面に突き立て支えにする。
「ぐ、ぐおおおおおおおおおおりゃあああああああああああああああああああッ!!」
余裕なく。
最早恥も外聞もなく叫んで。
アランは『球』を『壁』で弾き飛ばす!!
「………凌がれた、か。流石アラン・シセだな」
蓮は天高く弾き上げられた『球』を名残惜しそうに見上げて呟く。
「自信は、あったのだが。そうそう上手くはいかないか……」
そしてまた右手を掲げ――
「――まあ、ならば二撃、三撃と重ねるだけだが」
悪夢が再び甦る。
瞬間鋏要らずが煌めいた。
ザクッ!
「ごふっ!」
――アランが放った鋏要らずは過たず蓮の喉を貫通していた。
思わず、右手で鋏要らずを抜き取る蓮。
その隙を鋏要らずは見逃さない!!
「総員!! 国家魔法起動!!」
国家魔法。
それは神聖王国の切り札。
やることは変わらない。
一つの魔法を分業してみんなでやる。
ただそれだけ。
違うのはやる――人数。
国家魔法の名の通り――国民全員でやる。
神聖王国四十万人全員でやる。
無論魔法の使えない子供や病人もいるから文字通り全員ではないけれど――それでも。
ざっと三十万。
三十万人分の魔力がアラン一人に流れ込む!!
「返してもらいますよッ!」
アランは一瞬で蓮の懐に潜り込むと右手の鋏要らずを奪い取る。
そのまま首目がけて一閃。
とっさにガードしてきた左手首を切り落とす
ガシイッ!!
蓮は左手首の切断面から牙を生やして鋏要らずを受け止める。
そして、そのままへし折ろうと力を込め――。
「させるかッ!!」
アランは牙に絡め取られたままの鋏要らずを強引に首元へと押し返す。
三十万人の力。それは確かに力の差となって現れて――。
ジョキンッッッ!!!!!
「………………………江藤蓮、討ち取ったりいいいいいいいい!!!」
茶色の髪をひっつかんで飛び退り、その首を天に掲げる。
戦場に響き渡るどよめきを気にせず、胴に向かい鋏要らずを構えた。
「最後の仕上げです。行きますよ、皆さん!!」
鋏要らずの切っ先の先。
その空間に放電する『球』が現れる。
パチパチと火花を飛ばしながら爆ぜるそれは――魔力。
蓮のと違い安定性に欠けるがその分攻撃力は高い!!
「終わりですッ!!」
魔力が放たれる。
バシュウウウウウウウウウンッ!!
主を失った胴体が爆裂四散する。
肉塊となった江藤蓮が戦場に降り注ぐ。
「決着はついた!!これ以上の戦いは無意味!! 双方軍を引き自国へと帰還せよ!!」
首を掲げたままアランは叫ぶ。
その声は戦場へと響き渡り――歓声が、悲鳴が、戦場から帰ってくる。
戦争は――一人の死者を出して終わろうとしていた。
まさに、その時。
やる方がバケモノなら、それを即座に真似る方もバケモノ。
新しい魔法を作り出すことにかけては江藤蓮の方が上ですが、
今ある魔法の改造・改良に関してはアラン・シセの右に出る者はいません。
百人いないと出来ないのではない。
百人いればどんな魔法も使えるようにしてみせる。
神聖王国百人召喚の裏側です。




