「ふむ。打ち明けてしまえば裏切り防止といったところだ」
――この度は神聖王国勇者仁ノ宮愛との接見をお受けいただきありがとうございました。つきましてはその報酬について取り決めたいと思うのですが、いかがでしょうか」
あわや魔法使いの制服改造論が始まりかけた場の空気を元に戻したのは魔法鉄鋼王国公爵ディルク・シュンペイターであった。
国王の叔父にして勇者召喚を統括する先端技術大臣兼財務大臣。
年は四十五だが衰えは微塵も見せず、国王と同じ金髪碧眼には国王以上の気品が宿る。
この国のたった一人の公爵であり、実質的な最高権力者。
彼はこういうときのために国王の側に控えているのである。
「報酬が、貰えるんですか?」
今回、安部明葉は魔法鉄鋼王国のために何かするというわけでもない。完全にこちらの都合だ。
答えたのは国王だった。
「ふむ。打ち明けてしまえば裏切り防止といったところだ」
「―――」
不気味な沈黙が流れる。
安部明葉以外の全員がそれは言ってはまずいだろうという思いを共有していた。
――何故そんな足元を見られるようなことをするのか。
――駆け引きというものがあるだろう。
しかし、明葉にそんな空気は読めない。
「そちらに神聖王国に寝返られては困るのでな。簡潔に言おう。――なにをやったら我が魔法鉄鋼王国に忠誠を誓ってくれる?」
何故、そういうことを本人に言ってしまうのか。
安部明葉以外の全員が思った。
しかし、安部明葉は。
あ、いい人だなと普通に思っていた。
安倍明葉はあまり頭がよろしくなくて空気が読めなくて人を見る目がない。
よく言えば普通の少女で。
だから今まで必要とされることもあまりなくて。
ましてやこんな大人の人に「裏切らないでほしい」と言われたのは初めてで。
だから。
国王にあるまじき何の駆け引きもない真っ直ぐなその言葉はしっかり明葉の心に届いたのだ。
ゲオルグ三世。
決して賢くはないがそれ故に時折場外ホームランを飛ばす男のこれが真骨頂であった。
「と言っても大したものはやれん。そもそもこちらの金貨を何枚持ったところで無意味だろう。その上で何か欲しい物があれば言うがいい」
かなり情けないことを言ってるハズなのに威厳を失わない所は流石に一国の王であった。
「例えば、この時計とかどうであろう。向こうの『マリー・アントワネット』をモデルにした機械式懐中時計の傑作だと思っているのだが」
いらない。
別に明葉は時計マニアでもなんでもないのだ。
時計なんか時間がわかればクオーツでいい。
ふむ。
どうしよっかなあ、と明葉は思った。
欲しい物が、無くもない。
でも、流石にちょっと図々しいかなあ。
面倒事に巻き込まれそうな気もする。
――いつもなにも考えないこの女が遠慮する辺りとんでもない願いなのに気づいたのは公爵だけである。
魔法鉄鋼王国で一番空気が読める男の面目躍如であった。
「どうした。とにもかくにもまずは言ってみてくれんと始まらないわけだが。無理なら無理でそう言う。とにかく言ってみてくれんか」
ここで口を開いたのが公爵なら適当な報酬を与えて上手く場を納めたであろう。
しかし悲しいかな。
口を開いたのは国王であった。
「……陛下」
明葉はさんざん迷った末に思いきって口を開く。
「なんだ」
明葉は深呼吸を三回して真っ直ぐ国王を見て言った。
「―――――――――――――――――」
「ああ、構わないが?」
――これが、後に召喚報酬の概念を変えたと称されることになる。
さて、何を望んだのやら……