「――薙高受けるんだって?」
ついに雪菜が出てきます。その正体やいかに?
さて、六月十一日。月曜日。
日曜夜に薙高過去問集を購入してからの月曜日。
それはすなわち掲載された問題と答えと解説をすべて記憶した月曜日でもあった。
付け焼き刃は得意中の得意。この程度は朝飯前であった。
――無論数字一つ変えられただけでもう対応不可能な訳だが。
でも、まあ、やれるだけのことはやっておくに限るのである。
そんな感じで登校して、教室に来て、肩を捕まれた。
あれっと思う間もなく鞄は取り上げられて。
ばらまかれる教科書とノート。
踏みにじられる教科書とノート。
明葉は、それを黙ってみていた。
大丈夫。内容はすべて記憶してあるし、お弁当は死守した。何も問題はない。
「――薙高受けるんだって?」
「遠藤、さん。遠藤雪菜さん」
数少ない明葉より背の高い女子。女子のグループの中で一番派手なグループのリーダー格。そして――一年の時から執拗に明葉を無視してきたグループの、でもある。
「あんたさあ、調子のってんじゃないの?」
ぐさり。
図星だった。
勇者になったり、仁ノ宮さんと知り合いになったり、好きな人ができたり。
環境の変化が大きすぎて知らず知らずの内に自分を過大に評価していた。
薙高だって行けるんじゃないかって。
そんなのただの思い上がりだ。
道はまだまだあんなに遠いのに
「……調子のってました。すみません」
「聞こえねーなあっ!」
言うなり。
遠藤さんは明葉のノートをカッターで切り裂いた。
キラリと光るカッターの刃。
それはプラチナのナイフにも似て。
だからこそ逆に明葉は安心した。
――所詮は紙を切るのが関の山だと。
「悪かったと思うなら土下座しなさいよ。もう薙高受けるなんて言いませんって」
「いや、受けますから」
「このっ! 裏切り者っ!」
叫んで、遠藤さんは明葉の頬を平手で殴った。
――こういうときに、明葉が大切にしていることがひとつあって、それは嘘をつかないということだった。
空気を読まないとも言う。冷静に落ち着いて普通に会話するように話す。
それが安部明葉のスタイルだった。
それは平手で殴られても変わらない。
「どうせ、みんなどっか受けるんでしょう? 一校や二校良いじゃないですか」
「一人だけガリガリガリガリ勉強しちゃって楽しいわけ? そんな裏切り者はうちらのクラスには要らねーんだよっ!」
言って、遠藤さんは傍らの椅子を振り上げた。
さくりと遠藤さんの手から滑り落ちたカッターナイフが床に突き刺さる。
明葉はまるでスローモーションのようにそれらを見ていた。
周囲を見れば明葉を気遣うものなど一人もいなくて、関わり合いにならないように遠巻きに眺めているか、ノリノリでノートと教科書を破壊しているかであった。
それを悪だとは思わない。
衝撃。
とっさにお弁当箱をお腹に抱えてうずくまる。
これだけは守らねば。
うずくまったのを好機と見たか二撃目三撃目が飛んでくる。たぶん男子だ。力が強い。
キャハハハハハハ。
嘲笑うような笑い声があちこちから聞こえる。
「マジで裏切るわけ?いっぺん死んでくれる?」
「嫌です」
ドスッ。
背中を蹴られた。
ガンッ。
椅子が降ってくる。
…………………………痛いなあ。
いつまで続けるつもりなのか。まあ、お弁当は死守したし別にいいか。
殺されはしないだろう。
ガラッ。
「お前ら何してるッ!」
さて、先生が来てしまった。どうやってこの場を丸くおさめるか……。
「安部さんが暴れだしたんで取り押さえましたー」
おお、遠藤さん賢いな。よし、それに乗ろう。
「暴れだしたんで取り押さえられましたー」
遠藤さんを真似してすっとぼけたイントネーション。
「そんなわけがないだろうッ!」
「だって、事実だしー」
「だって、事実だしー」
口調は徹底して真似る。双子のように。
と、頭に違和感。くすぐったいようなこそばゆいような。
なんだろうと触れてみると――赤。
ああ、出血していたのかとそう思って。
「せんせー。なんか血が出てるんで保健室行ってきます」
「きゅ、救急車だッ!」
慌てて教室を飛び出す先生。
それを見て明葉は遠藤さんにニヤリと笑いかけた。
「大したことないのにねー?」
「あんた、恩でも売ったつもり? 裏切ったくせに」
「べっつにー? じゃ、私保健室行ってくるからあとよろしくー?」
一応、鞄は回収しておこう。教科書とノートは……まあ、いいか。
「マジムカつくし……」
その微かに涙が混じったその呟きを背中で聞いて。
明葉は保健室へ向かった。
良い子のみんなは真似をしてはいけません。イジメ、ダメ。
雪菜さん意外とバイオレンスです。




