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「大丈夫だから」

新章始まりです

六月十日。日曜日。午後三時。勇者召喚の時間。いつも通りの先端技術大臣室に兄様がいた。

はて、報酬は昨日で終わりのはずだが。

「これを見せに来たのだよ」

「どうしても見せたいと駄々こねましてね」

そう言って兄様が差し出したのは大きなクッションだった。

何か光るものが乗っている。

「はいはい、下ろしなさい下ろしなさい。落としたらどうするんですか」

「む、すまん」

兄様はすぐにクッションを机の上に下ろした。

兄様は素直である。

明葉はクッションを覗き込む。

「……これは、すごいね」

クッションの上に乗っていたいたのは真珠の首飾りだった。珍しい藍色のしかもかなりの大きさの見事な真珠が連ねてある。

勇者界でも結構する品物だ。

明葉も一つ冠婚葬祭用に持っているがそんなのとは比べるのもおこがましい。

まさしく王家の秘宝だった。

「良いもの見せてくれてありがとう。兄様」

「うむ、大事に使ってくれ」

「はい?」

使うって誰が? こんな立派なものを?

「はいはい、君の説明不足はいつものことですが……」

ため息をつく公爵。

「私がこれを使うんですか? ……くれるんですか。これ」

「あげません。これは国有財産です。ですから、貸与という形になりますね」

「つまり、レンタルだな!」

「……いや、貸されても困るんですけど」

こんな高価なものを貸し出されても扱いに困るだけだ。

公爵は大きなため息をついた。

「……順を追って話しましょう」

「うむ。一言で言ってしまえば、南側からの贈り物なのだ」

「南側――神聖王国側」

うむうむと兄様は頷く。今日もにこにこ機嫌が良い。

「南洋連合の産であろうな。七国で唯一真珠養殖が出来るところだ」

「それを神聖王国のデザイナーが仕立てたものでしょうね。これほど見事なものとなると」

養殖だったのかと明葉は思う。でも、それでもかなり高いはずだ。真珠は一番大きいもので二十四ミリはある。

この藍色の独特の色調を揃えるのは大変だし斑や傷もない一級品だ。

正直、明葉には分不相応な代物。

公爵はすっと一番大きな珠を摘まんで日に透かした。

「これはね、鎖なのですよ」

「……鎖」

「あなたを縛る鎖です。――この真珠を着けていると時のあなたは魔法鉄鋼王国王妹殿下。魔法鉄鋼王国に逆らうことは許されません」

真珠は公爵の手のなかで青い輝きを放っている。

それは悔しいほどに公爵に似合っていた。

「勇者と王妹殿下ではその権限に大きな差があります。具体的には勇者の報酬請求権。どんな願いでも叶えられるこの権利を使えるのかどうか明確にしておく必要があります」

「そのための目印がそれということですか?」

「そうです」

公爵はつまみ上げた真珠を明葉に差し出す。

じゃらりと垂れ下がったそれはそれでも美しかった。

そういうものか。明葉は一人納得する。

しかし、納得できないものもいたようで。

「私は聞いてないぞ!」

陛下はそう言って公爵の手から真珠を引ったくった。

「それは君が理解できなかっただけです」

うん。多分そうだろう。

兄様、あまり賢くない。

「大体! 勇者に一国に対して服従を求めるなど言語道断! 許されることではない!」

今にも、引きちぎらんばかりの兄様。

「ええ、ですからこれワンタッチで着脱可能です」

さらりと兄様の手から真珠を取り上げて公爵は留め金を外して見せた。

木の葉の形のプラチナの留め金。それはバネの構造を利用した精緻なもので、明葉のプラチナブレードを思わせる。間違いなく魔法鉄鋼王国の産だろう。

「好きなときに好きなように外してください。あなたの判断で勇者と王妹殿下を使い分けてください」

できないのですよ。勇者に国に対して服従を求める事など。

そんな勇者に意味などない。

それにそれがもたらすリスクを考えれば――なおさら。

だから。

あなたの判断で決めてもらうしかないのだと公爵は言う。

「正直――これくらいは自分で判断できるようになっていただかないと育てる意味がない」

公爵はそういって明葉の首に真珠を回した。

パチリと留め金のはまる音。

「練習してください。素早く適切に着脱出来るように。ローブに特注のポケットをつけました。外したらそこにいれておいてください。無くしても特にペナルティーとかはありませんから」

「無いんですか!」

すっと公爵は明葉の背後を指す。そこにいるのは――江藤龍だった。

「第五宮廷魔法師まで動員した警備体制です。これで盗まれたらこちらの落ち度ですよ。無論」

粗雑に扱って良いと言うわけではありませんよ。

そう言って公爵は真珠から手を離した。

想像以上の重みが明葉の両肩にかかる。

それほど豪華な品なのか、あるいは。

王妹殿下という位の重みなのか。

「……私の妹に無理な期待を押し付けないでいただきたいものだな」

「あなたの妹さんなら笑って座ってりゃ合格ですよ。大変なのは勇者様です」

ぎろりと睨み付ける兄様。それを軽くいなす公爵。前から思っていたけれども公爵は本当に兄様を敬わない。親しい甥っ子としてだけ扱う。それは軽んじているのとは違って、どこか一目置いたようにすら見えるのだけど。

公爵がこの国の実質的な最高権力者。

初めて会ったときに当人の口から聞いた。

先端技術大臣と財務大臣を兼任するこの国唯一の公爵位。

明葉は無意識に真珠に手をやった。

国王よりも王である彼からしたらこの程度の重みたいしたものではないのだろう。

今の明葉には押し潰されそうでも。

「王妹殿下に、勇者様にお会いしたい方々は山といるんです。今後はそういった方々との面談も引き受けていただきます。そういう時『今、自分はどちらの立場で話しているのか』常に意識してください」

ダンッ。

兄様が机を叩いた音だった。

その手は怒りに震えている。

「私の妹に無理難題を押し付けようというなら! 私は断固反対するぞ! 具体的にはもう判子は押さん!」

「……死にますよ?」

「覚悟の上だ!」

兄様は明葉を見た。

「お前のことは、兄が守る」

いつも通りのなんの裏表もない包み込むような笑顔。

だから。

悪気はないのだろう。

「……兄様」

「なんだ?」

「大丈夫だから」

そう。そこまでしてもらわなくても大丈夫。

ちゃんとやっていけるから。

これぐらいは流石に兄様を初めてお兄ちゃんと呼んだときから想定の範囲内。

「真珠をしてるときだけ王妹殿下してれば良いんでしょ。大丈夫できるから」

重圧はあるけれども。不安はあるけれども。そこまで難しいことを言われている訳ではないのは理解している。

やることはシンプル。

言いたいこと言う前に真珠を外す。それだけ。

それぐらいなら、ちゃんとできる。ちゃんとやれる。

「……そうか」

兄様は笑う。裏表なく屈託なく。

それは良かったと嬉しそうに。

「私の妹は賢いのだな。何かあったら何でも兄に言うがよい」

「……いや、あなたに出来ることは何もないでしょう。なんの権限もないんですから」

はっはっは。

兄様は笑う。自信たっぷりに。

「兄が妹を助けるのに何の権限が必要であるものか!」

きらーんとすごく良い笑顔。

何の裏付けもない何の根拠もない空虚なる断言。

しかしまあ。

だからこそそれは確かに――正論なのだった。

「ありがとう。兄様」

「気にすることはない。当たり前のことだ」

「――さて、前置きはこのぐらいでよろしいですね」

いつのまにか。

明葉の背後に回り込んでいた公爵は真珠の留め金を外す。

ぱちんと乾いた音がして王妹殿下の時間が終わる。

ここから先は勇者の時間。

「――さあ、お勉強の時間ですよ。まずは薙高の過去問解いてみましょうか」



藍色真珠は友好の証として送られた品です。

失くしたら国王が始末書書きます。

ちなみに養殖です。


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