「受かってみせますよ。薙高に」
「……そういうわけで薙高を目指すことになりました」
『そうかい』
六月十日。日曜日。正午。新見さんと取り決めた連絡の時間。
「それで、新見さん――」
「光で良い」
明葉の声を遮って新見さんは言った。
「愛と話し合った結果俺が仁ノ宮姓になることになった。紛らわしいから名前で呼んで良いぞ」
「……そうですか」
本当に結婚するのかという失望と。
名前で呼べるという希望と。
アメとムチ――なのだろう。
大人はズルい。
「じゃあ、光さん」
「なんだ」
「経済封鎖やってくれるそうです。神聖王国側が了承したとのことです」
「……ふうん」
信用できねえな。吐き捨てるように新見さんは――光さんは言う。
「愛をなんだと思ってるんだあいつらは」
「……なんだと思っているんでしょう」
疑問では――あった。
仁ノ宮愛とはなんなのか。
その答えを神聖王国は知っていたのか。
「――くだらねえ」
しかし、光さんはあらゆる疑問を切って捨てる。
「愛は愛だ。俺の愛しいただの女の子だよ」
正体が何であれそれは変わらないと彼は断言する。
きっとこれが――愛なのだろう。
ずきり。
明葉の胸が痛む。
「――聞いても、良いですか」
「なんだ?」
「――西條梨里乃さんのことです」
「――あの女か」
酷く冷たい声音だった。
心から冷えきっているような。
「付き合っていたというのは本当に?」
「……ああ」
「三股、とか、本当に」
「本当だよ」
幻滅したか? 光さんは言う。どこか挑発するように。
「いえ」
大人の男の人だ。それぐらいはあるだろう。明葉だってそこまで潔癖じゃない。ただ――。
「昔は梨里乃さんみたいのが趣味だったんですか?」
「ああ――ああいう頭空っぽで見た目ばっか気にしてる奴がタイプだったな。あとは後腐れなく遊べる女」
ガキだったな――淡々と光さんは言う。
「小坊の時さ、会ったんだわ――仁ノ宮進に」
「……仁ノ宮さんのお父さんですか」
あの赤い髪の男と光さんは姻戚関係にある。出会うことぐらいあっただろう。
「子ども心にカッコよく見えたんだよ。新宿歌舞伎町ナンバーワンホストってのはさ。それを引きずったまんま年頃になって後はお定まりのコース。あの頃は付き合った女の数が男の価値だとガチで思ってたから」
後悔というよりむしろさばさばと光さんは言う。
「今にして思えば――ただの調子乗ったガキだった。就職して始めて気付いた。いかにみっともねえ真似してたかってな」
――でも。
そんな光さんは仁ノ宮進のような格好を今も好んでしている。
もちろん雰囲気は全然違うのだけど、個々のパーツを取り出してみればそっくりとしか言い様のないほど――似ている。
ブラックのシャープなシルエットのスーツ。
シャツはシンプルに白。それにブラックタイを合わせて。
仕事柄腕時計なしとはいかないし、トレードマークのグレイのサングラスもしているのだけど、それでも。
基礎基本の格好は仁ノ宮進を踏襲している。
生きているのだ。光さんの中に仁ノ宮進が。
ひやり。
心臓を氷で撫でられた心地。
安部明葉はちゃんと新見光が好きだったのか――それとも新見光を透かして仁ノ宮進を見ていただけだったのか。
赤い悪魔はまだ生きていたのか。
光さんは言う。あらんかぎりの後悔を込めて。
「……今にして思えば、もっと勉強しとくべきだったよ。大学にも行っとくべきだった。何でも良いから一つ打ち込む物を見つけておくべきだった。もっと――努力するべきだった」
そうだ。
明葉は思い出す。
この人のこういう所に明葉は惚れたんだ。
「ねえ、光さん」
「……なんだよ」
「薙高を目指そうとおもいます」
「そうかい」
「あなたのお陰です」
沈黙。
「……………そりゃあれかクイズ女王がどうしたとか言うの真に受けたのか」
光さんあきれている。だけどねえ。違うのだ。
「何でも良いから一つ打ち込む物を見つけておくべきだったし、もっと――努力するべきだったのでしょう?」
明葉が好きなのは光さんの努力。
一人の不良少年から天才の右腕へと成長せしめたその力。
できることなら――それに並び立つ自分でありたいのだ。
いつかどこかで一緒に仕事のできる安部明葉になりたいのだ。
ねえ。だから。
「受かってみせますよ。薙高に」
その時また会いましょう?
明葉のその言葉に光さんは苦笑する。
「受かったら、な」
「その言葉忘れないでくださいね」
かはは。
そう笑って光さんは電話を切った。
「……よし」
静かに明葉は決意を固める。
言質は取った。後は実行あるのみである
こうして明葉は薙高に受かる事を決めました。
あとは頑張るのみです。




