「わははははははは! 私の妹は可愛いなあ!」
「わははははははは! 私の妹は可愛いなあ!」
「はいはい。そう興奮しないで」
「……騙された気がする」
六月九日土曜日。午後三時。勇者召喚の時間。
約束の報酬、国王陛下との会談だっだ。
別名お兄ちゃんとお喋りである。
最初の謁見にて王妹としての身分が発生した安部明葉。しかして兄たる国王と話したことはほとんどなかった。
忙しいのだそうだ。
「仕事が遅いのですよ。もっとテキパキやれば賢王と称えられることも夢ではないのに」
「いやー。それにつけても妹が可愛い。頭撫でても良いか? いや撫でさせろ!」
国王陛下御乱心のヘッドロックである。頬ずりしかねない勢いである。
「ええと。考えたのだけどやっぱり国王陛下に『お兄ちゃん』はまずいんじゃないかな、と」
「…………『陛下』とか呼び出したら私は泣くぞ」
「兄様、でどうでしょうか」
「…………いくらでも呼んでくれ!」
それはさておき。
「神聖王国は学術科学都市への経済封鎖へ同意しましたよ。『それが勇者様のご決断なら――我らは従うのみ』とのことです」
「……どういうこと?」
公爵は肩をすくめる。
「勇者様さえ望むのであれば――魔法界への移住を可能にするつもりだったと。その為に学術科学都市との技術連携を進めるつもりだった、と言ってますがね。どこまでが本当なのやら」
「まあ、少なくとも全部喋ってくれた訳がないな」
「……和解したのでしょう?」
これからは手を取り合って歩んでいくのだと思っていたのだけど。
「しましたよ。故にこれからは地獄の主導権争いの時間です」
「新しき世界秩序をどちらが主導するのか。我が国は敗北した分不利だな」
「ああ、そっか。負けちゃったんだ……」
うむうむと頷いた兄様は明葉の頭に手を置く。
優しくて暖かい大きな手。
「我々は敗戦してしまったし、明葉は失恋してしまった。大変だったな。お互い」
「……あうー」
そうだ。明葉の恋は終わったのだ。叶わないだろうと思っていた初恋はやっぱり叶わなかったのだ。
「あれからどうなったか聞いても?」
「水曜ぐらいにブログで婚約発表して今取材で忙しいみたいです。留学も同時に発表したから余計に」
「まあ、格好のワイドショーネタですからねえ……」
「有名税というやつだな」
実際。ワイドショーはその話題で持ちきりだった。
ブログやツイッターも大変な騒ぎになったらしい。
17才の花嫁。現代版光源氏。
さらには。
新見さんはかつて荒れていた時代がやっぱりあったようで。
「新見さんの元カノが出てきました。高校の時付き合ってたって」
「……早いですね。もしかして業界の方ですか?」
「タレントさんだって言うけど、名前聞いたこと無かったです。西條梨里乃さんって言うんですけど」
「売名行為というやつか。暴露本でも書くのかな」
「……お行儀の良い交際だったとは思えませんしね」
新見さんの不良時代。西條梨里乃を含め最大三人の女性と付き合っていたとか。新見さんモテモテである。
「三股交際というやつだな。器用なことをする」
「まあ、世慣れてそうでしたしね……。過去の話ではあるわけですが」
「みんな仁ノ宮さん心配してます。なんか大きな大会にエントリーしててそこで優勝すれば有名な学校に留学できるらしいんですけど、そんなときにこんなことになって大丈夫かみたいな……」
優勝候補筆頭だった、らしいのだ。テレビでのタレント的な活動が目立つ仁ノ宮さんだがクラシックピアニストとしての実力は折り紙付きだ。
「まあ、彼女ほどの実力があれば優勝せずとも留学はできるでしょうが……。風当たりが強くなるのは避けられませんね」
明葉は黙って頷く。
勝つこと。ただそれだけで我を通してきた仁ノ宮愛である。敗北すれば過去に遡ってまで叩かれるだろう。
「……その上で、乗り越えて欲しいと思うな。才能があるのだろう、努力をしてきたのだろう、実力が――あるのだろう。ならば這い上がってきてほしい」
国王陛下――兄様は厳しいことを言う。
少し驚いた。
そんなこと言いそうには見えなかったから。
思わず、顔をみる。
「……明葉よ」
重々しい声で兄様は言う。
「はい」
「ぶっちゃけ、私は無能なのだ」
「はい?」
「正直、王とか柄ではないのだ。チマチマ書類に判を押すしか能のない小役人気質なのだ」
え。え。え。
そう言われても困るんですけど。
それは結構ヤバイのではないだろうか。
「私が名のある武人であったなら、あるいは偉大な魔法使いであったなら、あるいは有能な司令官であったなら――この度の戦い我らの勝ちであったかもしれん」
「……そうなんですか」
他に何を言えというのか。
「しかし、私は無能なのだ。ぶっちゃけ国を統べるとか出来ないのだ」
「…………そうなんですか」
他にどう言えというのか!
いや、そりゃヤベえとは思うけど!
「ちなみに現在国王陛下は象徴的な立場であって国家の統治に対してなにがしかの実権を持った存在ではありませんからね?」
「お飾りってことですか?」
「うむ」
重々しく頷く兄様。
「強いて言うなら――ただひたすらに書類を読んで判子を押すだけの係。それが魔法鉄鋼王国国王としての責務である!」
断言することじゃねえ。
「それでももう少し有能だったら色々とケチをつけて判子を押すのを引き延ばすとか政治に関われない訳ではないのですが……」
「私にそんな才覚はない! ただ粛々と判を押すのみ!」
兄様、すごくいい笑顔だった。きらーんとサムズアップしている。
「正直、この扱いに私はとても満足している!」
「………………そうなんですか」
なら良いか。良いのか?
正直明葉もあまり賢くないのでわからない。
まあ、でも。
明葉だって一国を統べろとか言われても無理なんだし。
それを思えば兄様を責めることなんて出来ないよなあと思う。
「……だからな」
兄様はとても静かに言った。今までのハイテンションが嘘のように。
思わず、顔をみる。
とても優しい笑顔だった。
「有能な者にはその有能さを遺憾無く発揮してほしいと思う。
優秀なものには更なる高みに上ってほしいと思う。
才あるものは――折れることなく自らを磨きあげてほしいと思う」
私にはそれは出来ないから。
ここで祈ることしか出来ないから。
頑張れと声援を送ることしか出来ないから。
心から――そう思う。
「明葉も折れることなく自らを磨きあげてほしい。お前ならきっと何にでもなれる」
ぽす、と明葉の頭に手を置いて兄様は笑う。
裏表のない、心からそう思ってくれているのが分かる笑顔。
それだけで良いと明葉は思う。
有能じゃなくても優秀でなくとも才能なんかなくともそんな風に笑えるなら。
もう、それだけで。
「……兄様」
「なんだ?」
「まいりました」
言って明葉は頭を下げる。
敵わないや。これはホントに。
笑ってる人には――勝てる気しない。
畜生。かっこいいぞ兄様。
「さあ、まいったところで薙高を受けましょうか。失恋の痛手を癒すには勉強が一番です」
「それは絶対違う!」
「安心して良いぞ。叔父上は数多の受験生を薙高に合格させた凄腕だからな。叔父上についていけば安心だ」
「……凄腕?」
異世界だろう。ここは。なぜそんな予備校講師みたいな人がいるんだ?
「高校受験から就職試験までトータルにサポートする異世界――それが魔法鉄鋼王国です。ご安心ください必ずやあなたを薙高に合格させてご覧にいれましょう!」
そういうわけで。
安部明葉、薙高を目指す。
そういう訳で、明葉志望校決定です。
頑張れ!!
え、何故魔法鉄鋼王国に薙高受験テクニックがあるのかって?
それは追々明らかになります。
考えてない訳じゃないんだからね!!




