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「あげられるものは経験だけです。我々はそれをもっと自覚せねばならない。」

遅くなりました!連続投稿です!

六月二日。土曜日。午後三時。魔法鉄鋼王国先端技術大臣室。

金曜日みっちり打ち合わせてからの明日の三人同時召喚の最終調整であった。

「……なるほどなるほど。新見氏はこちらに対して良い感情を持っていない、そして明葉さんは好きな人には突っかかるタイプだということですね。なるほど」

「そうみたいですねえ。自分でもびっくりです」

そこは重要なのかはさておいて。自分でも驚くほどに新見さんをやり込めるのは痛快だった。

「新見氏は興味のないものには徹底して無視するタイプのようですしね。どんな形であれ意味のある存在と認められたことは一つ前進でしょう。とはいえ」

うむうむと深く頷く公爵。

「出来れば新見氏とは友好的な関係を結んでおきたいものですが、難しいでしょうな」

「難しいですか」

あえて主語は聞かなかった。どちらでもまあたぶん同じだ。

「のめり込みすぎられて困る、ということがあります。結局勇者は勇者界でしか生きられない。新見氏が懸念しているのもそこでしょうが、やはりこちらとしては最低限紐をつけておきたい。野放しにはできないんですよね」

「新見さんはこっちの世界には関わりたくないみたいです」

「彼の立場からすればそうなるでしょう。彼は仁ノ宮愛の成功に全てを捧げてきたのですから。邪魔するものは排除する。分かりやすいですな」

さながら姫を守る騎士のように。娘を導く父のように。妹を案じる兄のように。

……それだけだろうか。明葉は恋する少女の疑心暗鬼で思う。長年連れ添ったお似合いの二人。そこに騎士や父や兄以上の思いが入り込む余地は本当に無かったのだろうか。

「んー。考えてることは分かりますがね。今はまだ付き合ったりはしてないと思いますよ」

読まれた。そんなに顔に出ていただろうか。

「アイドルじゃないんです。事務所所属じゃなくて個人事業主なのでしょう? 交際を隠すには障害が少なすぎる。ましてや新見氏はアイドルとの差別化を図りたいんでしょう? それなら、もう入籍していてもおかしくはないと思いますけど」

もっとも。

公爵はそこで言葉を切った。

「これから、どうなるかは分かりませんけどね。どんどん綺麗になる雇い主をみて彼が何を思うのか、それはもう神のみぞ知る領域でしょう」

言葉とは裏腹に――どうなるか知っているかのように明葉には聞こえた。

「……どうしてでしょうねえ。向こうで幸せに暮らせているならこんなとこ興味持たなくて良いのに。どうしてやって来てしまったんでしょうねえ。具体的に言うなら――神聖王国はいつから仁ノ宮さんに気づいていたんでしょうかね」

まったくあの国は。才能ある芸術家に目敏すぎる。聖画の勇者のことと言い。

心底嫌そうにため息をついて公爵は言う。

「……仁ノ宮さんが勇者なのは嫌ですか」

「向こうでの暮らしを優先してほしいのですよ。勿論あなたも。無論紐はつけておきたいのですがのめり込められすぎると困るのはこちらも同じですし」

そういう意味では。

学術科学都市は勇者界にのめり込みすぎです。

ゆるゆると頭を振って公爵は言う。

「出来れば、明葉さんからものめり込まないようにいってあげてください。日々の暮らし以上に大切なものなどないのですから」

「……そういう方向で説得しろと」

「出来れば」

勇者召喚は距離感が大事なのです。

近すぎず遠すぎず。

バイト感覚、部活感覚で。

平板な日常のちょっとしたスパイスで、良い経験になるように。

公爵は言う。勇者召喚に対する危惧を自覚する言葉だった。

「あげられるものは経験だけです。我々はそれをもっと自覚せねばならない。」

「経験、だけ」

オウムのように復唱した明葉に公爵はふっと表情を緩めた。

けれどもと勇者召喚に対する意地と誇りをかけて公爵は言う。

「あなたの成長の糧となる数多の経験を確約しましょう。だから、どうか末長いお付き合いを御願いいたします」

そう言って公爵は頭を下げた。額がテーブルにつくほど深く。

「はあ……。よろしく御願いいたします」

明葉はどうして良いか分からない。

これが働くということなのか。

これが誇りというものなのか。

ならば、あの赤髪の少女にもこんな風に働いてるんだろうか。

それが、彼女が異世界に来た理由だろうか。

なんか、ムカついた。

幻滅というか――主人公に「主人公しんどいです」とか言われたら通行人Aはどうしたら良いのか。

うん、やっぱり仁ノ宮愛は勇者なんかじゃないほうが良い。

「明日。仁ノ宮さんの説得頑張りましょうね」

「ええ、きっと成功させましょう」

勇者と公爵は笑顔で握手をして別れた。


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