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「最初に言っておくことがあります」

五月二十九日。火曜日。放課後。新宿駅南口スターバックス前。

安部明葉、勝負服であった。

膝丈の黒のワンピース。

真っ黒な革のパンプス。

同じく黒のハンドバック。

もしかするまでもなく喪服であった。

冠婚葬祭用にとおじいちゃんが買ってくれた一張羅なのである。

どれも明葉が唯一持っているブランド品であり、パンプスとハンドバックに至ってはそれぞれこれ一つきりしか持っていなかった。

本当は明葉が唯一持っている宝飾品である、パールネックレスもしようかと思ったのだ。

しかし、それでは余りにもお葬式である。

そこで、この格好となったわけであった。

とそこでかつんとあの軽快な音が鳴り響く。

新宿駅前の雑踏の中でその音だけがやけにはっきりと。

目をやれば。

黒衣の少女。

漆黒の身体の線がくっきり出るミニ丈のワンピース。

高さ十センチはあるピンヒール。

変装のつもりか黒のストレートのウィッグが翻る。

それに影のように青年が付き従う。

グレイのレンズだけがキラリと光る。

なんだろうこの格差社会。

明葉はお葬式なのに向こうはこれからパーティーですといわれても信じそう。

これが格の違い。

背景の脇役と真性の主人公の生き様の違い。


「さて、行きましょうか」


くるくると右手でハンドバックを回して天才は笑った。


案内されたのは会員制とおぼしき飲食店であった。

要はVIP御用達のセレブ専用の高級店である。

フカフカの絨毯の薄暗い店内。

当然のように個室。

明葉、場違いであった。

「で、何を話すつもりだったのよ?」

「ここで言うようなことでもありませんので」

完全にフリーズした明葉をよそに新見さんと仁ノ宮さんは火花を散らしていた。

ウィッグ外した仁ノ宮さんは完全に喧嘩腰である。

どうやら、新見さんは仁ノ宮さんがここに来ることになった時点で黙秘を貫く事にしたらしい。

……まあ、そうなるだろうと明葉は一人納得した。

仁ノ宮さん本人に聞けることは本人に聞けば良い。そうでない事こそを新見さんは明葉に聞こうとしたのだから。

ならば。

「最初に言っておくことがあります」

ここは昨夜判明した新事実を言っておくべきだろう。

「何かしら」

新見さんを睨み付けたままの仁ノ宮さんを無視して明葉は新見さんを見つめる。

じっと。静かに。

その視線に。

新見さんも仁ノ宮さんから視線を外す。

「……なんでしょう」

明葉はグレイのレンズを見つめていた。

使い込まれた、しかしよく手入れされたサングラス。

きっと仁ノ宮さんより付き合いの長い相棒なんだろう。

過去と未来を繋ぐレンズ。

それは何を写してきたのか。

それが分からないことがひどくもどかしい。

「三人分です」

胸の内のモヤモヤを押し隠して明葉は静かに切り出した。

「魔法鉄鋼王国側が用意した召喚人数は三人分。私と仁ノ宮さんともう一人。あなたの分です。新見さん」

その言葉に。

グレイのレンズのその奥が波立った。

明葉はグレイのレンズから目を離さない。

「言いたいことは色々あるでしょう。聞きたいことは色々あるでしょう。でも、まずはその目で見てみることから始めてみませんか?」

口もとには微笑。違う世界の先端技術大臣を真似るように。

「……できるの? そんなこと」

「五人までは前例があるそうです。新見さんが望むなら召喚する用意があるとのことです」

「……あり得ない。だって召喚って百人ぐらい魔法使いが必要なんじゃないの?」

「はい?」

百人? 初耳である。明葉が知る限り魔法鉄鋼王国では勇者召喚に必要な人材は器と召喚師の二人だけだ。

それとも神聖王国では百人必要なのだろうか。

とにかく、そう伝えると仁ノ宮さんは頭を抱えた。

「なんでっ! なんで、それで魔法鉄鋼王国が負けるのっ! あのアイドルオタクどんな卑怯な手を使ったというのっ!」

……どうやら仁ノ宮さんの中では神聖王国法王という人はアイドルオタクで固定らしい。

「……時間は、どれくらいになりますか」

と、ここで新見さんが口を開く。

グレイのレンズの奥には慎重で優秀な右腕の仮面。

波はもうどこにもみえない。

「二時間です。日曜日午後三時から午後五時までの二時間。都合が悪ければ時刻の変更は可能ですが、何時スタートでも時間としては二時間になります」

「場所は?」

「魔法鉄鋼王国先端技術大臣室になります。その部屋からの外出はいっさい出来ません。何か見たいものがあれば先に申告しておいてください。部屋に入れられるものなら用意しておきます」

「誰に会えます?」

「魔法鉄鋼王国先端技術大臣。魔法鉄鋼王国第一宮廷魔法師、第四宮廷魔法師、第五宮廷魔法師の四人ですね。ただし、魔法使いは会話に参加しませんので実質的には大臣一人と思っていただければ。」

矢継ぎ早の質問。グレイのレンズの奥の瞳は揺れることなく明葉を見ていた。

違うんだ。明葉が欲しいのはこの眼差しじゃない。もっとワクワクするようなドキドキするようなそんな目。

「……どうします。愛」

不意に。

新見さんは仁ノ宮さんに目を転じた。

忠実な右腕が主の意思を問うように。

「その必要はありません」

何か言おう口を開いた仁ノ宮さんの前に明葉は割り込む。

「新見光の召喚に関しては仁ノ宮愛の意思よりも新見光の意思が優先されます。仁ノ宮愛の反対は無効です」

「……ふうん」

途端に。

仁ノ宮さんの目が剣呑な光を帯びる。

「なら好きにすれば良いじゃない。私なんか気にしないで」

いっそ挑発するように仁ノ宮愛は新見光を睨み付けた。

「ならば、行きましょう」

即答だった。

主を見ていた視線は明葉に戻されて。

「全ては、そこからです」

有能な右腕はそう断言した。



『新見光氏の召喚許諾確かに承りました。要求事項は全て受諾するとお伝えください』

ぽんっと明葉の頭のなかにそんなメッセージが出現した。

火曜日午後八時。定時連絡の時間である。

新見さんの異世界行きます発言の後、仁ノ宮さんはすっかりへそを曲げてしまった。

有り体に言えば拗ねた。

『別にー。どうせ私が何言ってもついてくるんでしょー。好きにすればー』

だそうで。

仕方ないので明葉と新見さんは二人で話し合って細々としたことを決めた。

召喚する場には勇者召喚に関する実質的な決定権を持つ人に同席して欲しいこと。

神聖王国側の仁ノ宮愛の取り扱いについて調べられる限り文書にまとめておいて欲しいこと。

召喚された勇者の両国での一般的な取り扱いについても文書にまとめておいて欲しいこと。

新見さんはその三点を要求した。

明葉はそれをそのまま持ち帰り魔法鉄鋼王国に伝達した。

魔法鉄鋼王国はそれを受諾。

こうして、三人の召喚が決まった。


神聖王国は魔法を使う時は大概百人です。

連携と協調こそ神聖王国の大きな強み。

一人でできないことは仲間とやる。それが神聖王国なのです

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