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負けたく、なかった。

仁ノ宮が自身を召喚する時刻として指定したのは来週の日曜午後三時。すなわち六月三日。

それまでにある安部明葉の召喚は土曜午後三時に一回きりである。

流石にそれでは詳細な打ち合わせができない。

そこで今回は通信魔法で打ち合わせをすることになっているのである。

通信魔法。

この言葉から『電話のようなテレパシー』を想像してはならない。

現実には『メールのようなテレパシー』である。

なんと驚き届くのは文字でかかれた文章であり、肉声のような言葉では無いのである。

つまりは受け手と送り手の使用言語が違ったら読めない。

そもそも向こうの世界に『翻訳魔法』というものはないのだそうだ。

当然、魔法鉄鋼王国で使われる魔法鉄鋼王国語は明葉には全く通じない。

公爵や陛下ら向こうの人たちと明葉や仁ノ宮さんたちこちらの人たちはあくまでも日本語で話すことで意思の疎通を図っている。

無論、この方法では明葉たちは日本語が話せる人たちとしかコミュニケーションがとれない。それが嫌なら現地の言葉を覚えるしかない。

これは通信魔法でも同じである。

要は明葉の頭のなかに前略で始まり草々で終わる通信始めます的な日本語の文章がぽんっと出現するのである。

しかも明朝体。

驚きのシステムである。

そして、このシステムの最大の欠点は勇者側は受信することは出来ても発信することができないということである。

勇者に魔法は使えない。

通信魔法に返信することもまた同様。

そこで一工夫二工夫必要になってくるわけだ。

そこで明葉は教えられた通りにスケッチブックを開く。

そこに「同席可」と楷書の読みやすい字で大きく書き込んでおく。

通信魔法に対抗してちょっと明朝体っぽく。

うん。なかなかよく書けたんじゃないだろうか。

そして、それを凝視する。

約十分間、と公爵は言っていた。

その間に魔法で『明葉が見ているもの』を判別するのだそうだ。

『盗聴魔法』と言うらしい。

勇者に限らず勇者界の誰かが見ているもの聞いているものを少しだけ覗かせてもらう魔法。

例えるなら情報統制された国の人たちが外国のラジオを聞こうとアンテナを空に掲げるような。

だから、向こうではてんやわんやなのだろうけど。

そんなこと知ったこっちゃない明葉は無言でスケブを睨み付けるのみであった。


一夜明けて五月二十八日。月曜日。放課後である。明葉は進路指導室にいた。

最近通い詰めであるが、調べておきたい事があったのだ。

仁ノ宮愛の通う高校についてである。当然ただの学校ではない所謂「芸能クラス」のある学校であった。

私立鳳高校。

所謂「芸能人」がいっぱいいる高校である。

しかし、その割りに多くの推薦枠を持ち有名私立にも推薦で入学が可能。留学にも積極的だ。

仁ノ宮愛はそこの三年生である。受験生なのだ。

いったい彼女はどこの大学に進むのだろうか?

それとも大学には進まないのだろうか?

学業にも力を入れて欲しいとあの黒衣の青年は言っていた。

けれども、仁ノ宮愛本人は多分進学する気はないだろう。ここまで必死に働いてきたのは大学なんかに行くためじゃないと彼女なら言いそうだ。

幅広い知識と教養を身に付けて欲しい彼。

仕事に全てを懸けたい彼女。

まるで親子のような対立の図式。

七年前彼女が親を亡くしてからずっと彼は彼女のたった一人の保護者だ。彼女を守るために努力に努力を重ねてきた彼。

騎士のようだ、と明葉は思う。

赤髪の姫と黒衣の騎士。

お似合いの二人。

そこまで考えて明葉はため息をつく。

どう考えても明葉の入り込む余地はなかった。

具体的にどうこうして欲しかったわけではないけれど、それでも。

仁ノ宮さんと比べるとどうしても見劣りする自分が嫌になる。

安部明葉は美少女ではない自分でも分かっている。

むしろあだ名は『貞子』であった。

所謂今時のお人形のような大きな目の少女ではない。

鼻もあんまり高くない。

髪だけはしっかり手入れしているけどありふれた黒色のストレート。

背は百六十六と高めだけど、出るとこ出てない棒体型。

仁ノ宮愛は違う。

染み一つない艶やかな肌。

赤みがかったブラウンの瞳は大粒の宝石のようで。

世界にも類を見ないほど鮮やかな赤髪は上質のシルクのように波打っている。

しなやかな身体のラインは女性らしさに溢れていて。

挙げ句天才なのだ。

誰がどう考えたって仁ノ宮さんを選ぶだろう。

新見さんも。きっと。

……いや、もしかしたら仕事とプライベートは分ける派かもしれないけど、普段から見慣れてるものがものである。

明葉のことなど眼中にないだろう。

付き合いたい訳ではない。

別に明葉は女子中学生にマジになるような変態さんと付き合いたいわけではないのだ。

ただ、あの目。

まるで見る価値が無いかのように外された視線。

それで、終わりたくはなかった。

彼にとっての『何か』で在りたかった。

明葉のことを「ツマラナイ子」だと思っているあの黒衣の青年を見返してやりたかった。

そう、一言で言ってしまうなら――。

負けたく、なかった。

自然右手がページをめくる。

パラリと開いたそのページは、私立薙高校。

ここに受かったら、見直してくれるだろうか。

やるじゃねえかと思ってくれるだろうか。

少しでも印象に残るだろうか。

振り向いて、くれるだろうか。

――実らないままに終わった初恋は何かを残してくれるだろうか。

答えは、出なかった。


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