「勇者。やってみませんか」
更新頻度は遅めです。温かい目で見てやってください
四月二十六日。金曜日。
ゴールデンウイーク直前である。
安部明葉は落ち込んでいた。
ブルーであった。
憂鬱であった。
しょげかえっていた。
原因は一週間ほど前、四月二十日に遡る。
五分ほどのその召喚で伝えられた事実は一つ。
戦争勃発であった。
安部明葉は異世界に召喚された勇者である。
事の起こりは四月一日エイプリルフール。
ふと気が付いたら見たこともない場所にいて、他人の体に乗り移っていた。
ダークブラウンのゆるふわの髪と同色の瞳の可愛い系の女の子。
黒髪ストレートであだ名が「貞子」の自分との共通点は背が高めで胸が小さ目ということぐらいで。
はっきりと白人だった。
そして。
目の前に置かれた鏡に映ったその姿を茫然と見ていた明葉に声がかかる。
「勇者。やってみませんか」
江藤蓮。声をかけた男はそう名乗った。整いすぎるぐらいに整った顔立ち。ブラウンの髪と緑の瞳。年の頃は三十あたりか。
「説明をしましょうか」
淡々とした声だった。流暢な日本語だった。
曰く
勇者といっても戦わせたりはしないこと。
勇者といってもそれは慣習的にそう呼んでるだけで別に何かに選ばれた特別な存在ではないこと。
勇者といっても別に誰でもよくて代わりはいくらでもいること。
勇者といっても特別な力が貰えるわけでもなんでもなくてむしろ風邪をひきやすくなったりするから注意すること
勇者といってもずっとこっちにいる必要はなくて平日はお休みで土日だけ出勤で構わないこと。
勇者といってもある日突然契約を解除されることがあること。
勇者といっても逆にある日突然契約の解除を申し出ても構わないこと。
勇者といっても労働に対しては対価を請求しても構わないこと。ただしそれが聞き入れられるかどうかはわからないこと。
勇者といっても召喚はもう三十年も続いていて言語を含め知識や文化はかなり伝わっているので今さら何かを教ようとしなくていいこと。
「この条件で、それでもいいから我々――魔法鉄鋼王国と働いてみたいという方を探しています」
どうでしょう。やってみませんか。
「私で良いんですか?」
「あなたが良いんです」
その言葉で安部明葉十四歳は勇者になったのだった。
それが、大体一月前。とはいえ土曜日二時間日曜日二時間だけの勤務だからそう長い付き合いでもなくて。ようやっと勤務先である王宮の大まかな地理や関係者の紹介が終わった辺りで。働くなんて初めてだからうまくできるだろうかと不安になって、降ってわいた非日常にわくわくして。
甘かった、のだろう。
向こうには向こうの事情があるのにそこに思い至らなかった。
そりゃ、戦争だってするだろうし飢饉だって起こるだろうし――人だって死ぬのだ。
分かってなかった。
何一つ分かってなかった。
安部明葉は落ち込んでいた。
それはそれは落ち込んでいた。
この世界の召喚は憑依型が主流です。
召喚できる時間自体もそんなに長くない。
せいぜい数日から数十分といったところ。
江藤蓮は最高位の魔法使いなので涼しい顔して召喚しておりますが、普通は100名から2名程度の人員を必要とします。
あと、この世界言葉は通じません。
蓮と明葉で会話が成立するのは単に蓮が「日本語」を話しているだけです。
明葉は長い黒髪と痛々しいぐらい白い肌が特徴の女の子です。
江戸時代だったら美人と言われていたかもしれません