「今日何ができるかなんて大した意味はありませんよ。」
「ふむ、つまりカッコいいお兄さんに逆ギレしたら頑張って勉強したら仲良くしてあげると言われたんですか。まあ、良かったんじゃないでしょうか」
「……え、そうなりますか」
「一言で言えば青春ですね。いや、若いって良いですね」
出待ち騒動から一週間。
五月十九日。土曜日
お馴染みとなった勇者召喚である。
先端科学大臣室のいつもの椅子に腰かけて。
早速、仁ノ宮さんに会ってきたことを話して。
そして冒頭の会話に至った。
そうか。これが青春なのか。
良くわからないが公爵がそう言うからにはそうなんだろう。
明葉は深く納得した。
「ステキな人と知り合えたことは素直に喜んでおきましょうね。ふふ、勇者様は仕事のできる人が好きなのですか」
「……っ! す、好きとかそう言うんじゃなくてっ!」
「ええ、分かっていますよ」
公爵は深く頷いた。
「自分のやるべきことをしっかりこなしていて、そしてそのために努力できる人は尊敬できるし憧れますよね」
その眼差しは慈愛に満ちて。
心から明葉のことを思っているように明葉には見えた。
「勇者様だって、ああいう風になりたいと、頑張りたいと思っているのでしょう?」
「……わ、私は頑張ったことなんてないです」
「それは、嘘です」
公爵はゆっくり首を振る。
「勉強、してくれたのでしょう? ――人権について」
「……あ」
逆ギレした、みっともなく権利を主張した、ぐらいにしか言わなかったのだけれど。
それでも。
公爵にはお見通しだった。
「勇者様の扱いに対して勇者様の人権に配慮したとは言えない扱いが一部に見られたことは事実です。この場を借りてお詫び申し上げます」
「そ、そんなんじゃないです。私だって自分が大した者じゃないことぐらい分かってます」
だけど。
それでも。
「……勇者だから仕方ないと諦められるよりきちんとした振る舞いを教えて貰いたかった、ですか?」
公爵は、お見通しだ。
一つ一つは大したことじゃなかったけど、それでも。
やっぱり、明葉は人として扱われたかった。
「勇者様。いえ、安部明葉さん」
見上げれば、公爵は優しく笑っている。
少しだけ、残念そうに笑っている。
「お気持ちは分かります。しかし、召喚された存在である勇者はこの世界では安定した存在ではありません。些細な疲労が大きな不調に繋がってしまうこともあります」
いつの間にか。
公爵は明葉の隣にいた。
青い目が明葉の視線を優しく受け止める。
ぎゅっと明葉の手を握る。
大きくて温かい手だった。
「我々はあなたの安全を第一にあなたの召喚を行っています。いくらあなたの望みでもあなたの安全を脅かすことは出来ません」
「……はい」
やっぱり、ダメなのか。
安全に関してはくどいほどに言われている。
召喚前後は安静に。召喚される日は消化に良いものを食べて。少しでも体調が悪かったら召喚は取り止め。とにかく向こうで少しでも異変があったら召喚は取り止め。
あなたのために。
それが悔しいとも寂しいとも思うけど、明葉はもう権利を振りかざす愚を知っている。
人権思想は冷酷だ。
権利意識は残酷だ。
それは情け容赦なく悪辣を愚劣を醜悪を擁護する。
必要なことだと思う。
いっそ美しいとすら思う。
だけどそれだけじゃやっぱり世の中ダメなのだ。
逆ギレしたって見抜かれてしまうのだ。
安部明葉は賢くない。
だけどそれは愚かでありたくないと願うからこその賢くない、だ。
ささやかなちっぽけな明葉のプライド。
その一端である。
公爵はそんな明葉の葛藤を微笑ましそうに見守っている。
あるいは、頼もしそうに。
そう、それが分かるなら大丈夫。
そう言いたげに。
「……こちらでのマナーについては追々体に障らないように教えてあげましょう」
「ホントですかっ!」
「本当ですか、そう言いましょうね。大丈夫。あなたは自分で思っているよりずっと良い勇者ですよ」
本当だろうか。
賢くもない、空気も読めない、人を見る目もない安部明葉はそれでも勇者で良いのだろうか。
それでも。
公爵は、言うのだ。
「今日何ができるかなんて大した意味はありませんよ――明日何ができるかに比べたら
これにて第三章は終わりです。
次はまた閑話を挟んで第四章。
ついに明葉の志望校が決まります




