「――そんな甘いものでは無いわよ」
「お待たせしちゃってゴメンね~?」
笑顔で乗り込んできた仁ノ宮さんは私服だった。無地の紅いTシャツとインディゴブルーのスキニージーンズ。紅い髪はポニテに纏めて。シンプルな服装だけに素材のよさが引き立っているというか。正直そのTシャツを押し上げるバストと細身のベルトで際立たされたウエストは反則だと思う。あとTシャツが押し上げられて、ジーンズがローライズである当然の帰結としてヘソ出しな訳だがそれは明確に反則である。ギルディである。
お腹冷えちゃうと他人事ながら心配してしまう。
収録が伸びたのかなんなのかもう七時である。
……それはさておき。
「こちらでは、はじめまして。安部明葉です」
「こちらこそ。これ持っててね」
さすがに。
プロとして生きている仁ノ宮さん。
名刺ぐらい常備しているらしい。
ありがたく頂戴しておく。
『クラシックピアニスト 仁ノ宮愛』
あとはブログのアドレスとメアド。
うっすらとパールの入った白地に彼女の髪色と同じ燃えるような深紅で書いてある。
さすが芸能人。良いセンスである。
プロフェッショナルである。
「じゃ、光。出してちょうだい」
下の名前で呼ぶんだ……。
ちょっとだけチクリときた。
……………って。
「どっか行くんですかっ!」
明葉は明日学校である。
「ひとまず、我々の泊まっているホテルに。帰りはこちらではお送りしますので」
………つまり、新見さんと二人きりで夜のドライブということかっ!?
だったら、明葉には異存はない。
イケメンは正義である。
異論は認めない。
「わかりました」
「じゃ、出発~」
白いミニバンは何事もなく走り出した。
「……じゃあ、新見さんと仁ノ宮さんって再従兄妹なんですか」
「そうなの。母親が従姉妹同士でね。母が死んだ時私他に身寄りいなかったから光に引き取られて。……あの頃は大変だったわ~」
「そうなんですか……」
ホテルである。
そこそこ大きなホテルのそこそこ高いシングルルームである。
正直、天才仁ノ宮愛に相応しい部屋とは思えない。
マネージャーの新見さんと同じグレードの部屋といえば分かりやすい。
その事を問えば返ってきたのは。
『私達対等だから』。
契約上、仁ノ宮愛が雇う側で新見光が雇われる側だが、お互いたった一人の肉親として、かけがえのないものビジネスパートナーとして対等なのだと彼女は言う。
七年前彼らの故郷である島根県の片隅で一緒に生きていく事を決めたときから。
この二十歳の青年についていくと決めたときから。
この十才の少女の影になると決めたときから。
二人はお互いに支えあって生きてきた。
「……付き合ってるんですか」
「バカね」
芸能人には一種タブーの質問。
そんなこと知ったことではないといっそ鮮やかに天才は笑う。
「――そんな甘いものでは無いわよ」
そんな生易しい絆ではないと言いたいのか。
そんな甘ったるい関係ではないと言いたいのか。
お子様な明葉にはわからない。
ただ、わかるまでもなく感じるのは敗北感。
初めてあったあの時からずっと感じ続けている一つの解答。
仁ノ宮愛が勝者で、安部明葉が敗者だ。
『――それでも俺はお前が努力する所が見てみたい。』
勝者の影たるあの青年は何を思ってそんなことを言ったのか。
勝者の一番近くにいる、けれど決して勝者ではないあの青年は何を思って――。
「――さて、それではお話をお聞きしましょうか。勇者サマ?」




