「あのバカ女がウダウダ言ってんだよ。俺だってこんなことしたかねーよ」
安部明葉は中学二年生である。
当然名刺は持ってない。
名刺のもらい方も知らない。
とりあえず右手で受け取ってお財布にしまった。
名刺入れなどというものは持っていない。
「安部明葉です。仁ノ宮さんにはいつもお世話になっております」
座ったまま一礼。
新見さんは軽く会釈して、小さなクーラーボックスを車内に運び込んだ。
「こんな形になって申し訳ありません。愛本人は収録が終わり次第こちらに連れてきますので。今晩お時間大丈夫でしょうか?」
「明日は学校なのであまり遅くならないほうが良いです」
「……善処します。狭苦しい所で申し訳ありません。お飲み物はクーラーボックスに入ってますのでご自由にどうぞ。夕食は時間を見て差入れますので。収録終わり早くとも午後六時になる見込みです。何かありましたらその番号に連絡いただければ」
きっちりと九十度の礼。
ずいぶん低姿勢である。
しかし、それなら。
「……楽屋とかで待たせていただく訳にはいかないのでしょうか?」
新見さんは。
何とも味のある表情をした。
空気が読めない明葉にも分かる。
それは言うならば。
「あのバカ女がウダウダ言ってんだよ。俺だってこんなことしたかねーよ」的な。
多分それはグレイのレンズ。
冷静沈着ではいられないナニカ。
「深紅の天才の影」に徹しきれない彼自身。
無論それは一瞬で消えて黒衣の代理人の仮面が戻ってくる、のだが。
若干青筋が浮いている気がするのは気のせいだろうか?
「……実は仁ノ宮が貴女を収録に出そうと画策しておりまして」
声のトーンが一段低い。
「収録に、出るですか」
「貴女が気に入ったとかで無理矢理テレビデビューさせてしまえと」
「……困るんですけど」
何を考えているんでしょうか。あの天才様は。
いや、本当に何を考えているんでしょうか。
空気が読める人ってのはこの展開が理解できるんでしょうか。
だったら本当にスゴいですね。
「局内の他の場所や局付近の店舗では万が一がありますので私の独断でこちらにお連れしました。この車のキーは私しか持っていませんので。先ほどは大変失礼をしましたが万が一にも車から離れる訳にはいきませんでしたので。人が近づいたら私の携帯にすぐ連絡してください」
新見光。
マネージャー離れしたスタイリッシュさを持つこの男。
実はかなりの苦労人と見た。
助手席生着替えの真相はこういう事でした。
あの時光さんが着替えのために車を離れるとすかさずスタッフが明葉を連れ去りに行く手はずになっていました。
まさに間一髪でした。




