「申し遅れました。私こういうものです」
今回。
安部明葉が男の強引な誘いを仁ノ宮愛からのものではないかと疑ったポイントはいくつかある。
あまりにちぐはぐな変装もそうだし、男がある程度局内を自由に動き回れる身分証を持っていたこともそうである。
ついでに言えば何人かの警備員とは知り合いだったらしく親しげに口を聞いていたこともそうだ。
局の関係者しか停められないはずの地下駐車場にミニバンが停まっていたこともそうならそのミニバンがわナンバーじゃないこともそうだ。
何より、こんなに度々拐われるほど安部明葉はヒロイン体質だっただろうか? 答えは否である。
それより仁ノ宮愛が少女を拐うのが好きな魔女体質だと考えたほうがよほどしっくりくるのである。
だが、今ここに来て安部明葉は確信した。
この男は仁ノ宮愛の関係者であると。
だって、普通初対面の異性の前で服は脱がない。
いや、無論。
別に男が露出狂だったとかそういうことではなく。
変装用のツナギを脱いで別の服に着替えようというだけなのだが、あまりのことにフリーズした安部明葉は男の上半身をガン見していた。
実に綺麗な上腕二頭筋。腹筋もバッチリ割れて無駄な贅肉などひとつもない。それこそモデルか俳優かといった風情――そこまで考えて、安部明葉正気に返った。
慌てて背中を向けてテレビとゲーム機に向き直る。
ふむふむ、ソフトはすでにインストールされているらしい――とかやってる間に耳まで真っ赤になっていたりする。
ぐわああああ! 芸能人カッコ良すぎだああああ!
という内心の叫びはともかく、表向き冷静を装って明葉はテレビのスイッチを入れる。
セットアップは既に済んでいるらしくスタート画面がすぐに表れる。
そう、こういうときはゲームである。偉大なる仮想現実の力によって平静を取り戻すのである。
しかし、実はあんまりゲームをやらない安部明葉。最新型コントローラーの扱いに苦戦すること暫し。
ようやくコントローラーの扱いにもなれて名前の入力やらなんやらを済ませ、さあ冒険の旅に出発だ!
というところで。
ドアが開いた。
思わずそちらを見る。
黒いスーツに着替えた男がクーラーボックス片手に立っていた。
シャープなラインのモデル仕様のブラックスーツ。
細身のネクタイも勿論漆黒で銀色のネクタイピンがキラリと光る。
黒の革靴は磨き抜かれた光沢を放ち、シワひとつないワイシャツの白さを際出させている。
これからどんな大物の葬儀に参列するのだとしても恥ずかしくない格好。
そう、まさに葬儀の参列者。
きちんとしていて、整っていて、それでいて目立たない。
端正な顔立ちもそれだけで輝きを放つはずの衣装も影のように背景に沈んでいる。
しかしシルバーフレームに嵌め込まれたライトグレイのレンズだけが異彩を放っていて。
ワックスで無造作に整えられた髪型と相まってどこか冷めた印象を与える。
いかにも理知的で従順ででしゃばらない有能な右腕然とした彼の。
しかしそれだけではやってられないのだというささやかな自己主張。
グレイのレンズはそれを映しているように明葉には思えた。
「申し遅れました。私こういうものです」
見れば、名刺。
白地に黒のありきたりな。
メールアドレスと電話番号。
肩書きは「仁ノ宮愛マネージャー」
名前は「新見 光」
助手席で光さん生着替えですが光さんも脱ぎたくて脱いでるわけではなくただスペースと時間の問題です……多分。
まあ、多分明葉のことなんて眼中にないんでしょう。




