「ああ、本当に勇者は愚かで世間知らずで知恵がなくて――本当に可愛らしい」
神聖王国は王国と名乗っているものの、その内実は大統領制に近いものがあるらしい。
フランと名乗ったこの男にしても生まれも育ちも旧平民階級。
仕立て屋、だったという。
これは勇者界で言えばメーカー勤務ぐらいにありふれた職業であるのだそうで。
それでも。
国一番と言われる腕前を誇るカリスマではあったようだが。
とにかく、彼はそのカリスマ性が理由で神聖王国の頂点に立つ男であり――そして最強の魔法使いとしても名高いのだそうだ。
魔法鉄鋼王国ですら対抗できるのは江藤蓮しかいない。
いや、最高の魔法使い江藤蓮でさえ一人では厳しい。
一撃の威力に限れば他の追従を許さない。
最高権力者にして最大戦力。
その実態は独裁者と呼んでも過言ではない、のだとか。
そんな風に見えるなと明葉は思った。
明葉は空気も読めないし人を見る目もない。
だからこそ、明葉にわかるということは普段から意識してそういう空気を作っていると言うことだ。
空気の読み手ではなく空気の書き手。
仁ノ宮さんもそうだったけど、「ありのままの自分」「TPOに合わせた自分」を見せるのではなく「見せるべき自分」を相手の脳内に明確に描き出す人々。
その本性を明葉が垣間見ることはないのだろう。
明葉の目に映るのは自信に溢れた独裁者だけだ。
その独裁者は椅子に腰かけない。
迷いなき足取りで明葉の方に歩いてくる。
背筋をピンと伸ばして自信に溢れて王様然と。
あの初めてあった日の仁ノ宮愛のように。
「お会いできて光栄ですよ。勇者様」
法王はそう言って明葉の手をとる。
そしてそのまま片膝をつく。
明葉と同じ目線まで。
さながら騎士と貴婦人のように。
一国の王としては異例の態度と言えた。
彼が書き上げる空気を考えれば当然とも言えた。
「……こちらこそ。光栄です」
明葉はこういう作られた読みやすい空気が苦手だ。
例えるなら何もない真っ白な空間に突然名画が現れるようなもので違和感が拭えない。
無論。
そんなことは相手もわかっているのだろうと思う。
多分これは向こうの主導権を握るための小技みたいなものなんだろう。
ふむ。
ならばこうしてみよう。
明葉は独裁者の手を振り払った。
乱暴に。手荒く。
そして間髪入れずに切り込む。
「何のご用でしょうか。こんなところまで呼びつけて一体何のお話ですか」
視線はにらむように法王の瞳に。
口はぐうっと引き結んで。
法王はそんな明葉をみて――クスクスと楽しそうに笑った。
明葉はこの笑顔を知っている。
よく公爵がしている。
「ああ、本当に勇者は愚かで世間知らずで知恵がなくて――本当に可愛らしい」
そう言われた時の、笑みだ。
そう、思っているんだろう。
その通りだ。
言われるまでもない。
これから成長するんだなんて。
口が裂けても言えないけれど。
だけど。
だけど。
だけど!
世界はお前らみたいな賢くて強くて綺麗な人々のものじゃないんだって。
弱くてバカで醜くてちっともうまくできないし大泣きしたし逃げようとしたし引っ掻き回しただけだし良いところなんか一つもない勇者だけど。
それでも。
そんなの認めない。
認めてなんかやらない。




