「いえ、たかだかサイン一つに大仰だなと思いまして」
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七月七日。土曜日。正午。
慣れぬ浮游感と共に明葉は目を開く。
クリアな五感。クリアな思考。
あの慣れた世界と自身が薄紙一枚隔てて接している感覚はない。
周りには黒ローブの男女。手首と足首を鎖で繋がれている。
さらに周りを取り囲んでいるのは銃を持った兵士達。
明葉は二重の人の輪の中央で立っていた。
目の前には重厚な机と椅子。
使い込まれた年月を思わせる深い飴色。
机の上に積み上げられた大量の羊皮紙と繊維紙。
無骨なペーパーウェイトが鈍く光る。
部屋の主は書類の山の間から油断無く明葉を見据えていた。
「――よう来たなあ。嬢ちゃん」
「……よろしくお願いします」
明葉は頭を下げた。
身につけているのは黒のローブ。細い金のチェーンのついたサンダル。
そして勇者の証である銀のペンダント。
明葉と一緒に魔法鉄鋼王国から譲り渡されて来た物達。
ここは学術科学都市市長室。
クラウディオ・ベガの執務室である。
「……なら、早速作業に入ってもらうわ。まずさしあたってやってもらいたいんは『安部明葉七国合同調査団』の調査報告書にサインしてもらうことと持ち帰ってきた物品の鑑定じゃ」
「はい」
万年筆片手にクラウディオは言う。
「こん部屋出て右の突き当たりの部屋に報告書が用意してある。終わったら呼びに来い」
「はい」
部下扱い。
とも違うが、お姫様扱いだった魔法鉄鋼王国とは待遇が違う。
明葉は兵士と魔法使いに伴われて部屋を出た。
兵士も魔法使いも二重の陣形を崩さずについてくる。
いや。
魔法使いは崩せないのか。
じゃらじゃらと揺れる鎖の音を聞きながら明葉はそう思った。
廊下。
なんの変哲もないフローリングの床。
コンクリートにペンキを塗っただけの壁。
鉄枠で作られた無骨な窓から夏の光が射し込んでくる。
右の突き当たりの部屋も同様だった。
まるで何処かの役所の一室のような飾り気のない木の扉。
ノブを捻って開けると簡素な机と椅子。
そしてドアの反対側の鉄格子がはまった窓からは冷たい銃口が五つ並んでいた。
明葉は机に歩み寄る。
置かれていたのは明葉にもなじみのある日本語で書かれた書類とボールペンと朱肉。
そして重厚な石で出来た印章。
印面を見てみると精緻な篆書体で『安部明葉』と読めた。
「書類を読んでサインし、最後に印章を押して下さい。間違えたものは脇に除けて次の書類にサインして下さい」
兵士の一人、胸に記章を付けた男が言った。
もちろん銃を構えたまま。
明葉は椅子に座る。
五つの銃口が明葉の頭蓋に向けて調整されたのを背後で感じる。
くすりと思わず笑みがこぼれた。
「……何か、おかしな事でも?」
「いえ、たかだかサイン一つに大仰だなと思いまして」
「……始めて下さい」
「はい」
明葉はボールペンをとる。
――ボールペン。この世界の最先端技術、だったりします。




