「面白いもの持ってるじゃない」
明葉は、答えない。
代わりに両手をその細腕に向かって振り回した。
「……っ!」
どさり。
受け身を取り損なった明葉の体が床に落下した。
「……何よ」
じりじりと仁ノ宮愛は距離をとる。
かつん、というあの小気味良い音は聞こえない。
「面白いもの持ってるじゃない」
「護身用ですよ」
明葉はゆっくり立ち上がる。
手には刃渡りぴったり三センチのプラチナのナイフ。
袖口に仕込んでいたそれが仁ノ宮愛の腕を襲ったのだ。
特注の折り畳み式のナイフ。ボタンひとつで刃が飛び出す笑っちゃうぐらい小さなナイフ。
銃刀法にも引っ掛からない鉛筆を削るのにちょうどいい大きさだ。
だけど。
人一人殺せるぐらいの殺傷能力はちゃんとあるのだ。
賢くなくても生きていける人間みたいに。
空も飛べず地も歩めずともここにいる勇者みたいに。
「……ボディチェックはしたのだけれどね。迂闊だったわ」
ごてごてと野暮ったいぐらいに金属を飾るのが魔法鉄鋼王国の正式なスタイルだ。袖口に仕込まれていたナイフは今の今までちょっとおしゃれなカフスボタンの仲間ですよみたいな顔をして仁ノ宮愛を欺いた。
実際、そういう風にも使えるのだ。
ローブだと動きづらい時に便利である。
安部明葉は構えない。
元よりナイフの構え方など知らない。
知っているのは鉛筆の削り方だけである。
それでも。
じりじりとじりじりと仁ノ宮愛は後ろに下がっていく。
治癒魔法を知らないというわけでは無いだろうと明葉は思う。
ましてやこの体が傷ついたところで別に彼女の体がどうこうなる訳ではないのが分からない訳ではないだろう。
それでも。
――ナイフの刃渡りはぴったり三センチ。
それはどんな平和な国に暮らしていたところでよく見かけるサイズ。
だからこそその痛みも想像できるサイズ。
回復すれば大丈夫だから――なんて刃物に特攻できる勇者なんてそうそういるわけもなくて。
ましてやピアニストたる仁ノ宮愛にとって他人の体だろうが腕に怪我することなんて許せるわ
けもなくて。
魔法が使えようがどうしようが距離を取らずにはいられなくて。
「……」
もっとも。
それは明葉にも言えることだった。
回復すれば大丈夫だからなんて、他人の体なんだからなんてそんな理由でナイフを振り回せる勇者もそうそういるわけもない。
例えば腕一本で持ち上げられちゃって首も締まって苦しいとかそれぐらい追い詰められれば話は別だけど。
さらにぶっちゃけると。
対魔法使いの戦闘も刃物を使った戦闘も経験がない。
素手の喧嘩だって小学校上がる前に卒業してしまった。
女子中学生だもん。仕方なかった。
状況は――完全に膠着した。




