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「良い会食になりましたね」

御法川さん、ついに登場。

『外交会』とは基本的には魔法界との友好を望む元勇者の集まりだ。

対当な『外国』として友好的で公な交流を望む者達。

その為に国会議員や企業経営者などの有力者を地道に引き込みその勢力を拡大し続けてきた。

「――もっとも実際に国会議員となった『元勇者』もおりますが。私とは大違いだ」

「いえいえ。三十二歳の若さで帝都大学の准教授とはご立派ではないですか」

「恐縮です。しかし、それも『外交会』の支援あっての事ですから」

そうして男――御法川幸也はシャンパングラスを傾ける。

軽い口当たりの食前酒は弾むように喉を駆け降りて行く。

三十二歳。――十五年前の十七歳。

元勇者。

御法川は目の前の男をそれとなく見る。

テレビや雑誌で度々拝見したとはいえサングラス一つ外しただけで印象が随分と変わる。

仁ノ宮光。

源氏様のあだ名で知られる仁ノ宮愛のパートナー。

この場に仁ノ宮愛を引っ張り出せなかったことは残念だが、釣り上げた獲物としては大きい。

さていかに調理するか。

御法川は眼鏡の奥で算段を巡らした。

「……あのぉ、前菜ってまだですかね?」

そう話すのは光の隣に座る背の高い少女だ。

重苦しい黒髪。痛々しいまでに白い肌。恨みがましげな三白眼。

お世辞にも美少女とは言えない。むしろ醜いと称しても構わないような少女だ。

喪服のような黒のワンピースが余計に不気味さを醸し出していた。

「ああ、失礼いたしました。すぐに持ってこさせましょう」

このレストランも『外交会』の息がかかっている。

少女の願いはすぐに叶えられた。

「わあ……! 綺麗……!」

フレンチは初めてなのか感嘆の声を漏らす少女。

その笑顔が意外にも魅力的で御法川は一瞬目を止めた。

恨みがましげな三白眼が消えるだけでこうも違うか……。

案外重苦しい黒髪を軽やかに切って健康的に日焼けすれば可愛らしくなるかもしれない。

重苦しい黒髪は照明を受けて天使の輪のように虹色に光っている。

それがまた重苦しい印象を増加させていた。

これがどうにかなればあるいは。

「……どうかしましたか?」

キョトンとした顔の少女。

不躾に眺めすぎたことを反省し笑顔を向ける。

「いえいえ。美味しそうに召し上がられるので、つい目が引き寄せられてしまいました。じろじろとすみません」

「いえいえいえ! こちらこそ一人だけパクパク食べてすいません!」

「構いませんよ。勇者様にとっては退屈なお話でしょうし」

「……えっと、うう……」

正直な勇者様である。

「まあ、准教授の御専門である量子力学などこの子にはまだ早いですしね。私もそちらの方は素人なものでとんと疎いのですが――ワープの研究をなさっているんですよね?」

「まあ、その理解で十分かと。一般の方には縁遠い世界ですし」

「実験が成功なされた、とか」

「二酸化炭素分子を一メートル先に跳ばすのが精一杯ですよ。実用化にはあと三十年はかかるでしょう」

「三十年……」

「そう言えば公爵も言ってましたね。三十年って」

勇者は特に何も考えてない表情でそう言った。

ふむ、あまり賢いやり方ではない。

おそらくあまり賢くないのだろう。

『外交会』は両世界の友好と平和という崇高な理念を持つ団体である。

勇者だから、といって無条件に入れる訳ではない。

そういう意味では――今の発言は不合格だった。

公爵という重要人物の発言を無闇に口に出すべきではない。

勿論、御法川はこの『三十年』が魔法鉄鋼王国と『外交会』の話し合いの中で決められた数字であることを知っているが、さて。

目の前の男にそれを伝えるべきか。

ここまで来て、まだ御法川は決めかねていた。

この男は『外交会』の敵か否か。

こんな頭の悪そうな子供ではなくもう一人の勇者を連れてきてくれれば話は簡単だったのだが。

『幹部の方にご挨拶したいと当人が申しておりますので』と逃げられてしまった。

「もしかして公爵と決めたんですか。三十年って」

賢くない子供がいう。

生意気な事だ。

「舌平目のムニエルにございます」

「わあ……! 美味しそう……!」

御法川はウェイターに助かったと目で伝え、眼前の男に視線を戻した。

「ここはこういうスタンダードなものが美味しいのですよ。やはりこういうものには白ワインですね」

「そうですね。ではこれをいただきましょうか」

ソムリエが並べたワインの中から正確に中央値の値段のものを選び出すと仁ノ宮光は悠然とテイスティングに移る。

「ふむ、サッパリとしつつも華やかな味わい……。結構です」

「お気に召されたようで」

「私の炭酸水もおいしーです」

ペリエと言え。

「話は戻りますが――やはり最終的にはこちらからあちらへ行くことを目指してらっしゃる?」

「そうですね。勇者界と魔法界の位置関係がまだ明確には分かっていないのでアレですが……、一応うちでは勇者界と魔法界は同一次元内にあるという見方が多数派ですので」

切り札を一枚切る。

舌平目にナイフを入れていた手がピタリと止まった。

「このムニエル美味しいですねえ。このあとお肉も出てくるんですよね?」

「ええ、牛フィレの良いところをシンプルにオーブンで焼き上げた極上のステーキが待ってますよ」

「ステーキが出てくるんですか! 楽しみですねえ!」

勇者は呑気に料理に舌鼓を打っている。

この店の料理がお気に召したようだ。

「……同一次元内にあると判断された根拠をお聞きしてもよろしいでしょうか」

ゆっくりと白ワインを味わっていた男が言う。

「……ご興味がおありですか?」

「ええ、とても」

食い付いた。

後は釣り上げるのみである。

「そうですね。それを確かめる為にも勇者様にはちょっとした実験にお付き合いいただきたいのですがよろしいですか?」

「いーですよー」

あっさりと。

そんな軽い返答が返ってきた。

「『外交会』さんなら酷いことしないでしょうしー。もー好きにしちゃってくださーい」

ムニエルの皿はいつの間にか空になっている。

すかさずウェイターが皿を下げていく。

「この子はこう言ってますが……。具体的にはどのような実験ですか?」

「脳波測定とMRIですね。危険なことは一切ありません。器の方が勇者様の中に入った影響で脳波に乱れが生じるんですよ。それを測定するだけで――」

「そうならないと思いますよ?」

「こちら短角牛のフィレステーキになります」

「……凄い! こんな塊のお肉初めて食べます!」

「短角牛とはまた渋いチョイスですね」

「ええ、今回は上質な赤身肉を味わって頂こうと……」

ではない。

「勇者様。そうはならないとはどういう意味ですか?」

「私の召喚には江藤一族のみが使える秘技が使われているという意味ですよ」

ミディアム・レアに焼き上げられたステーキに勇者は豪快にナイフを入れる。

「一口! 目一杯! いきます!」

あーん。ぱくり。

……非常に幸せそうな顔をする勇者。

……なるほど、それ以上は話す気がない、ということか。

「興味深いお話ですねえ……。詳細をお聞きしても?」

「ええ、勿論。同一次元内にあるとした根拠をお聞かせいただいた後にですが」

良いだろう。悪くない取引だ

「うーん。多分実験してみれば一発で分かるの。だからやってみれば?」

あけっらかんと勇者は言った。

良いだろう。実に悪くない。

「やはり、ステーキとなると赤ワインですよね。短角牛に合うものとなるとボディのしっかりしたものがいいですね」

「流石、分かっていらっしゃる」

「いえいえ。この辺が力強く華やかで良いのでは無いでしょうか」

「ではそれを」

「良い会食になりましたね」

「全くです」

赤ワインをテイスティングしながら大人達は刃を隠したまま微笑んだ。


短角牛は赤身の美味しいお肉です。

脂が少なめでしっかりした味わい。

興味のある方は是非。

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