「嘘は言ってない、んだ?」
「…………」
「信じてもらえないかもしれないけど、嘘は言ってないから」
そう言う明葉の目はどこまでも真っ直ぐだった。
「嘘は言ってない、んだ?」
試すようにそう問いかけると。
「隠してることは、ある」
こくんとそう頷いた。
「そっか」
「……信じてくれる?」
「……半分だけ。仁ノ宮さんの意識が今どっか行っちゃってるてのは信じられる。仁ノ宮さんが別の世界の勇者様だってことも。あと、時田さんも勇者だってことも。……でも、明葉が勇者だなんて信じられないよ」
明葉は少しだけ寂しそうにした。
「……まあ、そんなヴィジュアルじゃないのは認めますが」
「そうじゃなくて」
明葉の言葉を遮って。
「薙高受けるんでしょ? そんなことしてる場合じゃないじゃない!」
「……でも、あの人は暴力で私をどうにかできると思った。銃で撃って痛い目あわせれば言うこと聞くと思った。だったら、それが間違いだって思い知らせてやらないといけない」
狂気の光る目で明葉は言う。
「私は雪菜にどんなことされても耐えてきた。相手が誰であろうとそれは同じ。私は折れるつもりはない」
「薙高はどうなるの?」
「受かる。どんな目にあおうと薙高には受かる」
滅茶苦茶だ。
いつも冷静で淡白な明葉がらしくなく熱くなっている。
よほど銃で心を折ろうとしたのが気に入らないらしい。
というか。
「……撃たれたんだ」
「撃たれた。大したことじゃない。こっちの体にはダメージないし。撃たれた位でトラウマになる程やわなメンタルしてない」
どこかの軍人のような事を言い出す明葉。
その目はギラギラと怒りに燃えている。
「爪を剥ぎたいなら剥げば良い。指を寸刻みにしたいならすれば良い。そんなことで私は屈しない」
そうだった。ことこういうことに関して明葉のプライドは高い。
足元を見られた屈辱を決して忘れはしないだろう。
明葉は――本気だ。
あの現実主義者の明葉が異世界で勇者してるというだけでもおかしかったが――なるほどそう言う訳か。
その異世界とやらは明葉の逆鱗に触れたのだ。
「分かった……。信じるよ。何もないのに明葉がそこまで怒るわけないからね」
少なくとも明葉にとってそれは真実なのだ。
「で、仁ノ宮さんは何してるの?」
「ううん。えっとね、まずはこのメールを見て。時田さんからのなんだけど……」
どれどれとスマホの小さな画面を覗き込むと件名に『ヤバイ、しくじった』とある。
内容は簡潔だった。
『連合は鉄鋼を切って科学に近づこうとしている。気を付けろ』
「連合ってのが時田さんを呼び出してる国、鉄鋼ってのが私を呼び出してる国、科学ってのが私のことを撃った国。時田さんは連合に頼んで科学が私のことを拷問するのをやめさせようとしたけど、連合はそれをお金で解決しようとした。で、その請求書を鉄鋼に回そうとしたっていうのが現在の状況」
ふむふむ、明葉は鉄鋼に属している訳だからそれは当たり前に思える。
「連合にそうされると鉄鋼は困るの。鉄鋼は科学と仲良くしたいから。そのために私が犠牲になるならそれでオッケーだったの。だけど連合は私を守るっていう人道的お題目でそこに横槍入れてきた。実際は利権確保のためなんだけど」
「連合は明葉を守ろうとしたの?」
明葉は首を振る。
「連合は科学に物資を売り付ける口実が欲しかっただけ。今科学は経済封鎖されてるから物を売りに行けないの」
「でも、連合がそうすれば科学は明葉に拷問をしないんだよね?」
明葉は首を振る。
「鉄鋼にとって科学との付き合いには私以上の価値があった。科学が私のことを拷問できなくなったらまた別の子を呼ぶだけだと思う」
「でも、明葉は助かるんだよね!?」
「そんなの助かったって言わない!!」
明葉は叫んだ。
ざんと雪菜を睨み付ける。
「私は良いの!! 私はどんな暴力にだって耐えてみせる!! でも、他の人が傷つくのは嫌なの!!」
ああ、と雪菜は嘆息した。
こういう子だった。
自分が階段から突き落とされたって平気なのに、こっちがかすり傷でも負うと血相変えて。
昔からそうだった。
「今仁ノ宮さんは連合の方に交渉に行ってる。科学と交渉しないでって。私は何されても平気ですって」
「…………私はそんなの嫌」
嫌だった。
傷つく明葉を見るのはもう嫌だった。
それを平気と言い張る明葉を見るのがもう嫌だった。
「知ってる」
明葉の言葉は冷たい。
「だから、話した。もう愛想つかしたんなら友達やめて良い。そのために話した」
乾いた音が室内に響く。
「勝手なこと言わないでよ! ようやく、ようやく友達になれたのに! 今さらあんたの都合で解散!? ふざけないで! 私が、私がどれだけ我慢してきたと思ってるのよ!」
有らん限りに叫ぶ。
明葉も負けずに言い返してくる。
「でも、嫌なの! ここで折れたら私が私でなくなっちゃうの! 雪菜の隣に胸はっていられなくなっちゃうの! 友達じゃいられなくなっちゃうの!」
「そんなの分かんないよ!」
「ここで折れたら雪菜のしたことも許しちゃいけなくなっちゃう!」
「許してくれなくても良い!!」
はあはあと二人で肩で息をしながら睨み合う。
明葉の顔がくしゃりと悲しげに歪んだ。
「なんで? なんでそんなこと言うの? もしかして雪菜私のこと許してなかった? ずっと恨んでたの?」
「ずっと恨んでるし、許す気もないよ。だけど、それでも! 私は明葉のこと親友だって思ってる!」
ぽかんと明葉は虚ろに口を開けたまま固まった。
「なんで? 恨んでるんだよね? 許してないんだよね? なのになんでそんな事が言えるの? なんで親友だなんて言えるの?」
ポロポロと涙をこぼしながら明葉は言う。
その震える肩を雪菜はぎゅっと抱き締めた。
「ずっと信じてくれたじゃない。ずっと応援してくれたじゃない。だから私ここまでこれたの。明葉がいなかったらきっとどこかで折れてた」
だから。
「だから今度は私の番なの。折れないようにずっと支えててあげるから。――だからもう自分を傷つけるのは止めて? もう良いんだよ。明葉が明葉を許してあげてももう良いんだよ」
「……私!………わたし!…………」
「無理に喋らなくて良いよ。大丈夫。ずっと親友だからね」
「――麗しい友情に水を差すようで大変申し訳ないんだけど」
振り向けば。
仁ノ宮愛がその顔をあげていた。
「――正直、厄介な事になったわ」
恨んでいるのも、本当。
憎んでいるのも、本当。
許せないのも、本当。
――だけど親友なのも、本当。




