ひらひら、と。
細やかな花弁が舞い散る。
まるで、空気の色さえも薄桃色に染まっているような錯覚を感じた。
「ひっく……ぐす……」
「……泣かないでよぉ……」
そんな空気の中、下の方を見下ろす私の眼に幾人かの少女たちが映った。
同じ制服に身を包んだ少女たちは輪になってすすり泣いている。
何がそんなに悲しいのか。
ただ、『学校』という枠の名前が変わるだけなのに。
もっと言えば、『小』が『中』になるだけで、顔ぶれはほぼ同じだという。
長年、この学校を見てきた私でも理解できないことの一つだった。
そんなことを考えながら眺めていると、一人だけ深緑色の筒を手に、舞い散る花びらを見上げている生徒がいた。
珍しいこともあるものだ。
大抵の生徒たちは、花などに興味はなく、ただ写真撮影の背景としか考えていないものなのに。
「………そんなこと、ないと思います、けど…」
「おや、口に出ていたか」
「はい…けっこう大きめに」
どこから声に出していたのかは解らないが、少年は私の独り言に律儀に返事をしてくれたらしい。
「それで、君は彼女らと泣いたり、写真を撮ったりしないのかい」
「…そんなに悲しくもないですし、思い出にも残しておきたいような日でもありませんから」
そう言い切る少年の顔は他の生徒よりも、少し大人に見えた。
「ほう…何故?君たちにとって、卒業という記念すべき日だろう」
「まあ、自分以外は大体そうじゃないですか」
「君は……君だけは違うと?」
「…………」
同志を見つけたような気になって、矢継ぎ早に質問をしているとふと少年が黙る。
そして、小さく口を開くと消えそうな声で言う。
「……もう少し、ここに残りたいな、と」
そう言う少年の視線は遠く、今ではない季節を眺めているようだった。
ひらひらと舞う花弁は、彼に何を思い出させているのだろうか。
「…………では、残ればいい」
少年が声と共に消えてしまいそうで、私は思わずそう言ってしまった。
私の言葉に、少年は少し驚いたような顔をした後、笑みを作る。
「そんなこと、できません」
当たり前だ。
そんなことをできるわけがないのは、私もよく知っている。
そこまで無知なわけでもない。
それでも、そう言わずにはいられなかった。
「ありがとう、ございます」
「……………」
少年はこちらを見ながら、微笑む。
そして、しっかり私を見ながら言った。
「残ることはできないけど……また、ここに戻ってきます」
「戻る……?」
「はい。きっと………いえ、絶対」
どうやって、とは聞かなかった。
彼の瞳には、確かに光があったから。
「そう、か……」
きっと彼は戻ってくるだろう。
いつか、この薄桃色の空気の中に。
彼の門出を周りの仲間のように両手をあげて送り出したい気持ちだったが、私はそんなはしたないことはしない。
冷静に言葉を掛ける。
「では、戻ったらまた声を掛けてくれ」
「はい、もちろん」
「達者でな」
「はい、あなたも」
少年はもう一度微笑むと、私に背を向けて去って行った。
「…………………ふむ」
次に彼が来たときに、聞いてみようか。
彼に光を与えたのは、誰なのか。
「さて、いつになることやら」
少年のために、垂れた腕を揺らす。
風に乗って運ばれた花弁が、少しでも彼に届けばいいのだが。
まあ、気長に待とうではないか。
何度でも季節は、巡るのだから。
私はここで、咲いているとしよう。
この少年にはまだ名前もありませんが、彼の世界が広がってきました。
いつか、長編で書きたいと思っています。
最後までお読み頂き、ありがとうございました!