放送室の魔法
【葵】
「マイクテスト。マイクテスト。聞こえますか?」
私は、大きく息を吸う。
今、放送室には私しかいない。
けれど、私の声は、全校生徒が聞いている。
それを考えると、緊張する。
突然の放送を、みんなはどんな気持ちで聞くのだろう。
勇気があると、思われるだろうか。
馬鹿な奴だと、思われるだろうか。
それとも……怖がられるだろうか。
それが、どんなネガティブな感情でも、私は伝えなければならないのだ。
【葵】
「竹中葵は、黒田智也のことが大好きでした!!」
言った。
言い切った。
ずっと言えなくて、後悔していて。
でも、やっと言えた。
ざわざわと、校内からどよめきが聞こえた気がした。
智也も動揺しているだろうか。
そりゃしているよね。
クラスメート達から絡かわれて、困っているかも。
でも、謝らないよ。
私は、黒田智也が好きだ。
【智也】
「葵!!」
その時、乱暴に放送室の扉が開かれた。
間違いない、智也だ。
【智也】
「ここにいるのか?! 葵!!」
うん、ここにいるよ。
だから、聞かせて。
智也の答えを聞かせて。
どんな答えでも、私に残された道は一つだけれど。
【智也】
「いるんだな? ああ、わかるよ」
放送室の魔法は、他に誰もいない時しか使えない。
だから私は、智也に問いかけられても、答えることができない。
【智也】
「俺も、竹中葵が大好きだった!!」
智也が歩み寄る。
音声をオンにしたままのマイクは、智也の告白を拾って。
全校生徒がその告白を聞いた。
けれど、智也は全く恥ずかしそうにしてなくて。
それが嬉しくて。
私は、智也の前に立つ。
【葵】
「ありがとう……」
聞こえる訳がないけれど、私は智也に言った。
私の幼馴染は、ほんとかっこいいなぁ。
智也の唇にキスをする。
両想いだから、いいよね?
【智也】
「……」
智也は泣いていた。
久しぶりに見る、幼馴染の泣き顔。
子どもの頃にしたおままごとの時以来だ。
私が父親役を譲らなくて、無理やり智也に母親役をさせて。
女装までさせて……そしたら、泣いてしまったんだった。
懐かしいなぁ。
あの時は、好きなんて気持ち、全然知らなかった。
知った時には、遅かった。
せめて告白だけでもしたかった。
後悔が生んだ、放送室の魔法――。
神様、チャンスをくれてありがとう。
智也、チャンスに応えてくれてありがとう。
【葵】
「うしっ! いってくるな、智子!!」
お父さんはそう言って、仕事に行くのです。
そして、お母さんは笑って、送り届ける。
それが二人のおままごとのお約束。
智也は、涙の溜まった目で笑って――
【智也】
「いってらっしゃい、あなた」
約束を守った。
生者は、死者を捉えることはできない。
けれど、智也は、私をちゃんと笑顔で送ってくれた。
だから私は安心して、
堕ちて行ける。
【葵】
「逝ってきます……」