其之五
高等部には生徒の他に妖たちもすんでいた。
夕暮れが紅に染まる『逢魔が時』。俺は一人理科実験室でコーヒーをつくっていた。もちろん、ティーセットなんてお洒落なものはないから、ガスバーナーとフラスコでお湯を沸かすのだ。
沸騰したのを確認して、ガスを止める。そして、視線を感じて後ろを振り返ると、大学生くらいの青年、通称『ひーさん』が立っていた。年齢不詳・本名秘密の彼は時々この理科実験室に現れ、突然消える。どう見ても人間ではなく妖だが、悪いことをするわけでもないので気にしないことにしていた。名前がわからないが年上を『あんた』呼ばわりはできないので、彼…Heさんと呼ぶことにしていた。
「僕にも一杯もらえるかな」
ひーさんはにっこりと女子高校生がみたら顔を赤くさせるような笑をうかべる。残念ながら俺は男なので何の感銘も受けなかったが。
「最近見かけなかったから、調伏されたかと思った」
そう言いながら、コーヒーを渡す。
「嫌ですね。私がそう言うへまをすると思いますか」
「自信家だなぁ。まあ、そういうところが、ひーさんらしいですけどね。そうそう、コーヒー飲んだらさっさと帰ってくださいね。『あの女性』にひーさんと仲良しだって思われたら、困りますから」
『あの女性』。俺が記憶を受け取った日に、偶然居合わせて、俺が攻撃してしまった誰か。時々彼女の気を感じるので、ここの生徒か教師だということがわかっていた。そして、何もしない俺に彼女からの接触は今のところない。
だが、ここにいる、ひーさんは彼女と深い因縁の仲らしい。やるかやられるか…みたいな関係だそうだ。それって、どうなのかとは思うが。
「えー、つれないなぁ、樹の君は。もう少しここに居たら、彼女が気付いてくれるかな。うん、久しぶりに会いたくなってきた。また綺麗になっているんだろうね。あ、でも、彼女に惚れたら…殺すよ?」
その声に軽さはない。
「大丈夫。ひーさんが思うように、俺にも大切な人がいますから」
そういって、ウインクしたら、笑いやがった。
突然実験室の扉がノックとともに開かれた。
「掃除当番で遅くなりました」
そう言いながら飛び込んできたのは後輩の斉木涼子だっだ。
「あれ、さっき誰かと話していませんでした?」
不思議そうな表情をして室内をみる。部屋の中には俺一人。さっきまでいた、ひーさんの姿はない。ただ、まだ湯気が立っているカップが二つ机の上に乗っているだけだった。