〜穴倉〜
「、、、ここは、、何処?
私はどうしちゃっの?」
由里子は困惑していた、、、。
目が覚めたらいつもと違う景色が広がっていた。
いや、景色と呼べるのだろうか?
そもそも本当に目覚めているのだろうか?
暗闇。
目覚めているはずの由里子の眼前には
暗闇しか映っていない。
真っ暗闇の中必死になって状況を整理する
声に出して状況を自問したのはそういう理由からだ。
はたして自分は目覚めているのか
それとも悪夢の中にいるのか、、、。
後ろ手に縛られているのだろうか?
身動きが思う様に取れない。
頬に当たるゴツゴツとした感触から
ベッドの上で無い事はわかる。
そしてそれが岩やコンクリートの類いで
ある事も。
なら、尚更自室では無い。
由里子は次に足を動かそうと試みたが
腕同様思う様に動かない。
ここまで整理した状況で
ほぼ正解に近い答えを導き出した。
拉致
自分が寝ている間に誰かに連れさられたのだ。
理解しまいとしても由里子の中の経験が、
知識が、想像力が現実を突き付ける。
そして状況を理解したとたん、
これから自分に与えられるであろう
苦痛と恐怖が止め処なく襲いかかった。
「何とかして逃げないと」
由里子は自由の効かない体でもがいた。
早くここから出なければ!
真っ暗闇の中、出口もわからずただもがく。
まるで芋虫の様に伸びたり縮んだりを繰り返しながら。
「何処に行くの?」
由里子のすぐ背後からした声に驚きの
声をあげる事も出来ずその場で硬直する。
決して乱暴でなく、荒げる事もない静かな口調、
しかし確実に抑圧的。
由里子は瞬時にして自分を拉致した人物だと
確信した。
きっと第三者的視点で考えたら
[自分をどうするのか?]
[何故自分なのか?]を問うだろう。
しかし正確な状況を理解しないまま
ただ恐怖しかない唐突に追い込まれた
人間の取る行動は一つ、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、、、」
この言葉だけが今由里子を救う武器で
唯一縋れるものだった。
「君は恋人はいるの?」
やはり静かにだが抑圧的な声で問い掛けてきた。
この言葉に由里子は少しホッとした
ああ、そういう事か。
日現実的な仕打ちではあるが、
もしかしたらマトモな精神を持ち合わせているかもしれない。
会話をする事で状況を打破出来るかもしれない。
「、、、いません。」
勿論ウソである。
由里子には【貴之】という立派な彼氏がいた。
それでも相手の目的が恋愛感情なら
穏便に事を運ぶべきだ。
由里子の返答に暫く沈黙を置いて
「ふぅん、、、。」
納得したのかどうかはわからないが
短く相槌を打つとその場から消えた。
警戒しながらもホッと胸を撫で下ろした
由里子はこれからどう接するべきか考えた
出来るならフェイクのままで開放までこぎつけたい
最悪一線を超える事が生理的に受け入れられるかも。
早く貴之に逢いたい。
そうなってしまったとしてもきっと理解してくれる。
泣くのを堪え次の会話に備えようとしたその時
すぐ背後から静かに声が聞こえた。
「私と恋人になろう。」
その場を離れたと思ったのは勘違いだったのか?
いや、それよりさっきの計画を口にしてなかったか?
いやいや、それよりも唐突すぎる。
これじゃあ会話も何も無い。
いくつかの選択肢が突然にも一つに絞られた。
答えは一つ
「はい、、、。その代わり
こんな暗い所にずっと居るのは嫌です。
ちゃんと明るい所で顔を見せて。」
相手は困惑している様だったが、
少し黙ってから口を開いた。
「君にこれを返すよ。
もう君には必要ないかもしれないが。」
横たわる由里子の脇に何かを放り投げた。
ボトボトという音と少し冷んやりとした空気が
頬を撫でた。
相変わらず手足の自由が効かない体で
音を頼りに放り投げられた何かに近づく。
唯一自由になる顔で恐る恐る触れてみた
落ちた時の音からは想像出来ない程
スベスベと滑らかで何処か懐かしい感じがした。
とても近しいものだった、、、。
思い出せない、、、。
そのものを端から端まで頬で撫でてみる。
由里子はそれが何なのか理解した。
と同時に両手足に鈍い痛みが走った。
「ッッウッ」
「やっぱり、、、。
由里子、僕という恋人が居ながら
身も知らない男と付き合おうとするなんて、、、
君はふしだらだ。
僕は正しかったんだね。
それはもう君に必要無いね。
君は僕の恋人ではなくなった、、、。
これからは僕の奴隷になっておくれ。
もう二度と光の無い世界で、、、。」
涙と鼻水を垂らし、自分の手足を噛み締めながら
言い知れぬ叫びが暗闇に響いた。
貴之は劈く様な咆哮の中、由里子の脇に缶を置いて
部屋を出て行った。