〜自動販売機〜
男は愛車に跨り大きな川沿いの幹線道路を
走りながら川面を飛び跳ねる真昼の太陽に
目を細めていた。
キラキラと光る川面を横目に己の不出来を呪う。
年が明けまず初めに立てた目標は朝の起床。
しかし今日も起きたのは昼前、
しかも今は7月。
己の不出来を呪うしか無かった。
朝起きる為にはどうするか?
そんなどうしようも無い事を
毎日考えながら愛車を走らせていた。
そんな事を毎日繰り返すうちに
自分への自信も薄れ、さっぱりと
光明は差す事を忘れてしまった様だった。
だがしかし、そんな男でも喉も渇けば
腹も減る。
動けば疲れるし、眠たくもなる。
これだけは自他共に認める生きている証だった。
沿線道路が緩やかなカーブを描いている先に
自動販売機を見つけ、そこで喉の渇きを
潤す事にした。
不意に男は妙な感覚に囚われた。
毎日走っているこの道にこんな自動販売機が
果たしてあっただろうか?
いつも考え事をして走っているから気がつかなかったのだろうか?
まぁいい、これからはこの自動販売機を
休憩の拠点にしよう。などと楽観的な事を考え
愛車のスタンドを立てた。
お尻のポケットからぶ厚いだけの財布を取り出し
小銭を漁る。
ちょうど缶コーヒーが買えるだけの小銭があった
と、目の前の自動販売機に違和感を覚える。
どれも見た事の無い銘柄ばかり。
(何処のメーカーだ?)
一度一歩下がって自動販売機を大まかにみてから
首を傾げて再度一つ一つの銘柄に目を通した。
「楽しくなる味」
「見えなくなる味」
「ゴージャスな味」
「裏側の味」
「黒味」
何だこりゃあ。
どれもまともな味が無い。
しかもサンプルには絵や柄は一切なく
文字がそのまま書かれている。
昔よくあった中味がランダムに入れてある
様な物で買ってからのお楽しみなのか?
ある程度の理解をすると同時に
男は悩んだ。
たかが120円とはいえ男には重要な金額。
やはり目に付いたのは楽しくなる味。
自己嫌悪にはもってこいだがありふれている
男は思い留まって次をみる。
見えなくなる味。
透明人間にでもなれるのか?
それなら120円は破格だ
待てよ。透明?無味無臭という事か?
ははぁん、水だな。
そして黒はコーヒーだ!
となれば選ぶのは……
ガシャン
出てきた缶はサンプルと全く同じ
デザインだった。
小気味いい音と共に缶に穴があく
一気に喉奥へと流し込んだ。
味わう間もなく流し込んだ事に今更気づき
我に返る。
と、既に辺りは夕焼けに染まったのか、
朱色一色だった。
周りには自分以外誰もおらず、
騒音を撒き散らす車も無かった。