表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ラムネ衛星

作者: 風ラ健る
掲載日:2026/05/12



 中学二年の夏、空からラムネ瓶が降ってきた。


 最初の一本は、商店街の屋根を突き破った。


 青いビー玉入りの、どこにでもあるラムネ瓶。

 ただし問題は、それが雲の上から落ちてきたことだった。


 しかも割れなかった。


 ニュースは大騒ぎになった。

 「宇宙物体の可能性」「未知の飛来物」だの専門家が難しい顔で並んだけど、次の日には子供たちが全部拾って飲み始めたので、だいたい終わった。


 味は普通のラムネだったらしい。


 それから毎年、八月になると空からラムネ瓶が降るようになった。


 人々はそれを「ラムネ雨」と呼んだ。


 落ちてくる数は年によって違う。

 去年は三本だけだったし、一昨年は駅前がラムネまみれになった。


 でも、ひとつだけ共通点がある。


 ラムネは、なぜか「夏に後悔した人」の近くへ落ちる。


 誰が言い始めたのか知らない。

 でも不思議なくらい当たっていた。


 失恋した人。

 部活を辞めた人。

 花火大会に行けなかった人。


 そういう人の近くにだけ、空から瓶が落ちる。


 だから八月の終わりになると、みんな少し空を見上げるようになった。


   *


 僕の家は海の近くのクリーニング屋だ。


 シャツの匂いと、アイロンの蒸気と、古い扇風機の音。

 夏休みは毎日手伝い。


 正直、最悪だった。


 今年こそは天音と夏祭り行けると思ってたのに。


 天音は幼なじみだった。

 小学校からずっと一緒で、背が高くて、笑う時だけ目を細める。


 でも八月の最初、突然引っ越しが決まった。


 父親の転勤らしい。


「花火までには戻るかも」


 なんて言ってたけど、戻らなかった。


 連絡も減った。


 既読だけついて終わることも多くなった。


 たぶん、新しい学校で忙しいんだろう。


 わかってる。


 でも、わかるのと寂しいのは別だった。


 夏祭りの日、僕は一人で店番していた。


 遠くで花火の音がする。


 アイロンの蒸気が熱い。


 店のテレビでは、今年のラムネ雨予測なんて特集をやっていた。


『専門家によると、今年は関東中心に――』


 その時だった。


 ガシャン。


 裏庭で音がした。


 猫かと思った。


 見に行くと、洗濯カゴの中にラムネ瓶が一本刺さっていた。


 空を見上げる。


 夕焼けだった。


 オレンジ色の空の中を、遠く小さく何本もの瓶が落ちていく。


 風鈴みたいな音がしていた。


 僕は瓶を拾った。


 冷えていた。


 ありえないくらい。


 ラベルも何もない。


 ただ、中のビー玉だけが光っていた。


 その時、瓶の底に文字があることに気づいた。


『まだ間に合う』


 は?


 思わず見直した。


 でも確かに書いてある。


 油性ペンみたいな字。


『まだ間に合う』


「……なにこれ」


 気味悪い。


 けど、少しだけ胸がざわついた。


 その時、店の電話が鳴った。


 母が出る。


「あら、本当? 今から?」


 数秒後、母が顔を出した。


「海斗、天音ちゃん来るって」


 頭が真っ白になった。


「え?」


「駅着いたらしいわよ。電車遅れて花火ギリギリなんだって」


 僕は走った。


 サンダルのまま飛び出した。


 商店街を抜ける。


 祭りの屋台の匂い。

 焼きそば。綿菓子。金魚すくい。


 空ではまだ、遠くラムネ瓶が落ち続けていた。


 駅に着く。


 人混み。


 浴衣。


 汗。


 その向こうに、天音がいた。


 白いワンピース姿だった。


「うわ、ほんとに来た」


 僕が言うと、天音は笑った。


「来るって言ったじゃん」


「戻るかもって言ってた」


「だから戻った」


 息が上手くできなかった。


 駅前の空に、花火が上がる。


 赤。


 青。


 金色。


 その光の中を、ラムネ瓶が一瞬だけ流星みたいに横切った。


 天音が空を見る。


「今年も降ってるんだ」


「うん」


「ねえ、一本もらったことある?」


「今日初めて」


「ほんと?」


 僕はポケットの瓶を見せた。


 天音が目を丸くする。


「うわ、いいな」


「天音は?」


「ない」


「後悔なさそうだもんな」


 すると天音は少し黙って、


「あるよ」


 と言った。


 花火の音が響く。


「いっぱいある」


 その声が、思ったより小さかった。


「言わなかったけど、転校やだったし」


 風が吹く。


「海、見れなくなるのも嫌だったし」


 花火がまた開く。


「……離れるのも嫌だった」


 僕は何も言えなかった。


 心臓だけうるさい。


 その時。


 コツン。


 軽い音がした。


 僕と天音の間に、ラムネ瓶が一本落ちていた。


 割れてない。


 ビー玉が月みたいに光っている。


 二人で顔を見合わせる。


 天音が笑い出した。


「うそでしょ」


「狙いよすぎだろ」


 瓶の底を見る。


 小さな文字。


『じゃあ、来年も』


 僕らは吹き出した。


 なんだそれ。


 宇宙なのか神様なのか知らないけど、センスが夏休みの担任レベルだった。


 でも、その適当さが妙に嬉しかった。


 遠くで蝉が鳴いていた。


 花火の煙の匂い。


 ぬるい夜風。


 ラムネ瓶の中で、ビー玉がカランと鳴った。


 たぶん夏って、こういう音でできてる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ