「小説家におすすめの神社」に行ってみたら、手が異常に熱くなった話
「そうだ、神社に行こう」
この春はやられた。とてつもなくやられた。
もともと春先は体調を崩しやすい。花粉に頭痛、眩暈に耳鳴り。毎年恒例の病状だ。しかし、今年はさらに追い打ちを掛けた。
「更年期症状によるやる気の消失」だ。
これには本当に参った。
まったく本を読みたくならない。読んでも内容が頭に入らない。ましてや書くなんて無理。無理矢理にパソコンの前に座るが、ものの数秒で横になる。横、最高。
活字中毒の私から「読む」と「書く」を奪ったら、ただの熟女が残るだけだ。中毒症状が治癒したと前向きに考えようとしたが、やはり無理だった。生活の一部がなくなるのは想像以上に辛い。突然、楽しみがなくなったのだ。
体力、気力、そして生きる楽しみさえ奪われた熟女は、あっという間に生きる屍となった。
地獄のような三月、四月前半を鬱々と過ごした。今年はもう、このまま引きこもっていこう。こもっていこうぜ……空元気の毎日が辛かった。
しかし、終わりは突然やってきた。
あれだけ億劫だった外出が、突然したくなった。外に出たい。散歩したい。
あれほど酷かった眩暈も、気づけば出ていない。
今はゴールデンウィーク前。気温もまだそこまで高くない。タイミングは今だ。
私はガバッと体を起こした。
明日は日曜日。夕方まで天気は崩れない。もう居ても立ってもいられない。
さて、リハビリ一発目に相応しいお出掛け先はどこだ。
ウキウキ。
ウキウキ? ウキウキって何ヶ月ぶりの感情だろう。
ウキウキを堪能しながら行き先を考える。カフェ? 図書館? 美術館? 買い物?
――そうだ、神社に行こう。
そもそも、私は寺社仏閣巡りに抵抗がない。
実家の周りは神社・寺・寺・寺・寺・神社……。そんな町で生まれ育ったこともある。歩き始めると、お散歩は近くの神社。友達の家に遊びに行けば、そこが神社やお寺ということもある。なので、神社やお寺にご挨拶に伺うのは特別なことではなかった。
私は横になると、さっそくスマホを手にした。横、最高。
神社にお参りして人生をどうこうしてもらおう、なんて下心はそんなにない。
長女の大学受験の際に、二礼、二拍手、一土下座をしようとした程度のライト層である。
そこで、ふと思った。
学問の神様がいるなら、「小説の神様」もいるのでは?
商売繁盛、開運、芸能、縁結びからの縁切りまで神様はいらっしゃる。髪の毛やおねしょまで、神様は網羅しているのだ。
再びガバッと体を起こし、さっそく調べてみる。
『小説家・おすすめ・神社』
――あった。
しかも、普通に複数。行ける範囲に五社以上はヒットした。
中には、「異世界ものを書く人はここ!」という紹介まである。ピンポイント過ぎて怖い。まあ、あそこならそうだよなと妙に納得できてしまうのが、また怖い。
なろうに投稿している身としては、行くべきだろう。
だが、残念ながらここは超ご近所。しかも、現在進行形で別件でお世話になっている。今回は候補から外すことにした。ちなみに、そちらのご利益は引くほどすごくて怖い。
紹介された神社は、一社を除いて訪れたことがあった。行ったことのないその神社が、とても気になる。
よし、明日はそこに行こう……とは、すぐにはならなかった。
そこには、説明のつかない大きな問題があったからだ。
その問題とは「場所」。場所というか「土地」だ。
ただでさえ観光地で人が多く、地元の人間は避けたい場所にその神社はある。それだけなら、時間を工夫すればどうにでもなる。
本当の問題は、「私とその土地との相性」なのだ。
大人になってから、なぜかその土地に行くのが嫌になったのだ。
嫌というか、不穏、落ち着かない、畏怖……とにかくそんな感覚がして行きたくない。どれだけ天気が良くても、なぜがセピアがかっているように感じる。実際にセピアに見えるわけではない。感じがするだけ。
大げさな話ではない。
子供の頃は平気で見ていたドッキリ番組を、今はとても見ていられない……あの感覚に近い。
私はスピリチュアルな人間ではない。嗜む程度に楽しむぐらいだ。オカルト小説は好きだが、どちらかといえば現実主義。
それでも、「合う・合わない」という直感だけは信じるようにしている。
だから、わざわざ行きたくないのだ。
神社にはとても行きたい。だが、その土地には行きたくない。さて、どうしたものか……。
その時、スマホを覗いていた長女が言った。
「私、そこ行ってみたい。マッマとデートしたい」
長女にそんな可愛いことを言われて、断れるほど子離れはしていない。
私の重い重い腰は、長女が軽々と蹴飛ばした。
そして迎えた、翌朝。
異国情緒あふれる乗客で満員の路面電車に揺られ、無事に到着。
パシャパシャと長女の写真を撮り、お寺を巡り、いよいよお目当ての神社の鳥居をくぐる。
――安心した。
結論から言うと、来てよかった。神社特有の凜とした空気がありながらも、どこか柔らかい。嫌な感じは一切しない。
「入っていいか」を気にするようになったきっかけは、以前短編にも書いたことのあるとある神社だった。
もともと曰くのある神社だが、入ってもいいのかと戸惑ってしまう感覚。気のせいだと思って鳥居をくぐると、すぐにとんでもない頭痛に襲われた。
慌てて「ごめんなさい」と参拝せずに引き返すと、不思議なことに頭痛は消えた。
こんな体験は初めてだった。私は、神社にも相性があるのだと知った。
さて。その神社では、社務所であるものを授かる。その時、こう説明された。
「それを両手に挟んでから、本殿に向かって強くお願い事をして下さいね」
私は気が弱いので、参拝は基本に忠実。ご挨拶とお礼がメインだ。だから、そんなに直球をぶつけてもいいのかと驚いたが、せっかくなので思いっきりお願いすることにした。
観光客は多かったが、ちょうど本殿前には人がいない。
私は意気揚々と正面に立つ。
二礼、二拍手、一礼……そして、授かりものを両手に挟むと目を閉じた。
――書いたものが賞とか獲れたらありがたい。あわよくば、出版、コミカライズからのアニメ化とかお願いします……
溢れ出す煩悩に、自分でもドン引きした。頭の中で慌てて言い直す。
――嘘です、すみません。ものを書く人としての第一歩を踏み出せますように……
あとは礼をしておしまい……のはずだった。
礼を忘れてしまうほどの異変が起きたのだ。ペンを握る、キーボードを叩く、ページを捲る。その大事な、この手に異変が。
熱い。
最初は、やる気が滾って力がこもったせいだと思った。
いける。この気持ちがあれば、多少横になっても頑張れる。
それにしても、両手の中がとても熱い。それは、使い捨てカイロを握りしめているみたいに温度を上げる。
「?」
違う。やる気の問題ではない。どうやら、授かりものが熱を帯びていて本当に熱いのだ。
こわっ。私は思わず声を出した。
「あっつ!」
離れたところにいた長女が、驚いてこちらに来る。
私は慌てて一礼し、長女に今起こったことを話した。
長女が私の手のひらを触る。
「え、熱い。指先は冷たいのに、なんで?」
授かりものを二人で触る。熱くも冷たくもない常温だ。
長女が「不思議だねー」と呑気に笑う。その笑顔を見て思い出した。
この子は神社に行くと、たまに不思議なことに出会う。今回も、すんなりと受け入れているようだ。
そんな長女を見て落ち着くと、今度は神様からのアンサーの意味が悩ましくなる。
「おう、任せとけ」の合図なのか。
それとも「厚かましいわ!」の怒りなのか。
私なんかが考えても答えは出ないが、嫌な感じはまったくしない。とりあえず、滅多に引かないおみくじを引いた。
『任せとけ』
久しぶりのお出掛けが、思いがけず不思議で楽しい体験になった。
せっかくなので、エッセイとして残しておこう。そう思って、今これを書いている。
こうやって一作書けたのも、もしかするとご利益かもしれない。
鳥肌。
そうそう。願い事が叶ったら、お礼としてあることをしてから、もう一度神社を参拝しなければならない。いわゆる「お礼参り」だ。お礼参りは大事。
このエッセイの続きがあるとすれば、「お礼参り編」
その日が来ることを楽しみに、次はどこの神社に行こうかなとウキウキ。
小説家、文筆家を祀る神社は、全国にあるようです。
気分転換やリフレッシュ、お散歩がてらご挨拶に行ってみてはいかがでしょうか。
そしてもし、面白い体験をされたら、その時はぜひエッセイにしてみてください。




