第4話
王城付属の精霊庁は、朝から慌ただしかった。
精霊契約の更新期が重なり、各地から報告が集まっている。
私は、家の立場上、立ち会い人としてそこにいた。
決定権はない。
意見も、原則は求められない。
――それが、私の立場だ。
「次の議題に入ります」
精霊庁長官が、淡々と告げる。
「北境の結界補強について。
殿下の裁可が必要ですが――」
一瞬、空気が変わった。
補強案は二つ。
一つは即効性があるが、精霊への負荷が大きい。
もう一つは時間がかかるが、安定する。
王族である彼は、後者を選んでいた。
合理的で、王として正しい判断。
だが。
「異議があります」
声を上げたのは、別の貴族だった。
精霊庁の後援者でもある。
「時間をかければ、その間に北境は不安定になる。
殿下は、現実より理想を優先されたのでは?」
視線が集まる。
暗に言っている。
――私情ではないのか、と。
私は、息を止めた。
ここで名前は出ない。
だが、関係者として同席している私の存在が、
疑念の“理由”になる。
「殿下が判断された理由は、記録されています」
精霊庁長官が言う。
「しかし、その判断を裏付ける第三者の意見が少ない」
第三者。
その言葉に、背筋が冷えた。
もしここで
「王族の判断は一部の意見に偏っている」
と結論づけられれば――
彼の裁可そのものが、弱体化する。
「……ひとつ、よろしいでしょうか」
気づいたときには、声が出ていた。
場の視線が、私に集まる。
発言権は、ある。
だが、使うべきではない立場。
それでも、言わなければならなかった。
「私は、殿下の判断に賛成です」
理由は、個人的なものではない。
「精霊庁の過去二十年の記録を見ました。
即効性を優先した結界は、三年以内に必ず再補修が必要になっています」
資料を、静かに示す。
「長期的には、精霊との契約関係を悪化させています」
それは、事実だ。
感情の入る余地はない。
場が、静まり返る。
「……令嬢」
長官が、私を見る。
「あなたは、殿下の判断に影響されているのでは?」
私は、即座に首を横に振った。
「いいえ」
迷いはなかった。
「殿下がどのような判断をなさろうと、
私は同じ意見を述べていました」
それが、本当だから。
「私は、殿下の裁可が下る前から、
この結論を記録として提出しています」
書類を、差し出す。
日付は、裁可より前。
――私情ではない。
――誘導でもない。
ただの、立場に即した意見。
沈黙が落ちる。
やがて、精霊庁長官が頷いた。
「……記録を確認しました。
異議は棄却します」
決定が下る。
彼の判断は、正当なものとして通った。
私は、静かに席に戻った。
胸の鼓動が、遅れて強くなる。
(……終わった)
そう思った、そのとき。
窓の外で、精霊の灯が揺れた。
そして、遠くで聖獣の低い声が響く。
承認。
その意味を、私はまだ知らない。




