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【完結】名を呼ばない恋 ――王に恋した令嬢は、王妃にならない  作者: あめとおと


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第2話

翌朝、王城の庭園は霧に包まれていた。

精霊の気配が濃い朝は、決まってこうなる。


白く揺れる霧の向こうで、聖獣の足音がした。

重く、静かな音。人に見せるための存在ではないそれは、王城の奥へと消えていく。


私はその背を、ただ見送った。


昨夜の言葉は、胸の奥に沈んだままだ。

浮かび上がってこない。

沈めたのは、自分自身だ。


「……探しました」


背後から声がする。

振り向かなくても、誰だか分かる。


「公の場では、呼び止めないでください」


先にそう告げると、彼は苦笑した。


「相変わらず、厳しいな」


「厳しくしなければ、壊れますから」


私たちの立場が。

あなたの未来が。


霧の中、一定の距離を保って歩く。

並んでいるように見えて、決して並んではいない。


「昨夜のことだが」


来た、と思った。


「……忘れてください」


即座に返す。

それが正解だと、分かっている。


彼は足を止めた。

私は止まらない。

止まれば、距離が縮む。


「忘れられない」


低く、抑えた声だった。


胸が、わずかに痛む。

それでも振り返らない。


「それは、困ります」


「なぜ」


問いは短い。

逃げ場を塞ぐ問い。


私は、ようやく立ち止まった。

それでも、彼の方は見ない。


「あなたが王族だからです」


簡単な答え。

あまりに簡単で、残酷な答え。


「私は――」


彼の声が、わずかに揺れた。


「……王族である前に、人だ」


その言葉に、前世の感情が一瞬だけ疼く。

同じことを、誰かに言われた気がした。


(だから、壊れた)


私は、ゆっくりと息を吐く。


「知っています」


静かに、確かに。


「だからこそ、王族でいてください」


ようやく、彼の方を見る。

驚いたような瞳が、そこにあった。


「あなたが王であることを捨てたら、

 あなたはあなたでいられなくなる」


それは、恋人の言葉ではない。

未来を預ける人間の言葉だ。


霧の向こうで、精霊がざわめいた。

肯定でも否定でもない、沈黙。


「……残酷だな」


彼は、そう言って笑った。

その笑みが、胸に刺さる。


「ええ。自覚しています」


だから私は、ここに立たない。

王冠の隣ではなく、

王冠よりも遠い場所に。


彼は一歩、こちらに近づいた。

反射的に、私は半歩下がる。


その距離が、答えだった。


「これ以上は、許されない」


彼が言う。


「はい」


「それでも?」


「それでもです」


一瞬、風が霧を裂いた。

その向こうに、聖獣の影が見えた気がした。


選択を、記録する存在。


彼は、やがて背を向けた。


「……行こう。公務がある」


「はい、殿下」


その呼び方に、彼の肩がわずかに揺れる。


私は歩き出す。

彼とは、逆の方向へ。


同じ道を選ばないことで、

私は彼を王にする。


それが、この恋の形だった。



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