第3話 ゲームプレイヤー
酒池肉林を築き、救世の女神が齎した『塔』を私利私欲の牙城にしてから、暫く。
『魔王』による侵攻は、女神の降臨により小康状態にあると思われていたが──。
「勇者くんっ! 大変、大変だわっ!」
勇者・ルーカスは安楽椅子の上、金貨を撫でる手を止めた。
この瞬間が、来てしまった。
咄嗟にそう思った。
自分が私欲に溺れている間に魔王の侵攻が始まり、
勇者としてちゃんと頑張っていれば、救えたかもしれない人が死ぬ。
ルーカスはその可能性をしっかり恐れていた。
彼はCランクらしくどうしようもない小心者だから、悪人にもなり切れないのだ。
「……なんだよ」
恐る恐るの気持ちを努めて抑えながら顔をしかめてみせた。
「『繋げる』力を使うための石が、なくなっちゃったんです~! もう、すっからかん!」
「なんだ………………」
ルーカスは安堵を感じたが、なんだではない。きちんと一大事である。
それは倫理観に問題のある女神が、本当になにも齎さない女神になった証だ。
「件の、ガチャだっけ? を回すための石だろ。別に勇者が決まったんだから、いいじゃねーか」
「勇者くん、まだ勇者の勇の字も見せてないですけどね……」
『そうじゃなくて』と女神は前置きする。
「勇者召喚ガチャだけじゃありません。何かと何かをつなげて、物を呼び寄せたり。情報収集の為に、何かを映し出したりするのにも使うんです」
曰く、召喚が最も『石』を使うとのこと。
そして場所と場所を繋げること、映し出すことにも微量ながら『石』を消費するらしい。
「ちなみに召喚が50個必要でー、場所を繋げるのに5個。映し出すだけなら、1個必要です」
「んで今は?」
「0個」
ルーカスは、スー……と鋭い息が漏れるのを自覚した。
以前の自分なら何やってんだマヌケと叱責する権利があった。
しかし今や自らも女神と同じ、後先を考えない行いに寄与してしまっている。
奇跡の力にも限度があるということだ。
「その『石』って、集める方法はないのか? てか女神なのにリソースとか必要なのかよ。そもそもランクとかガチャって何?」
これまで『奇跡』として理解してきたあらゆる疑問が、現実的なリソースの摩耗によって、いくつも頭の中に湧き出てきた。
ルーカスがそれを率直にぶつけると、女神はどこから説明すればいいのかと、悩ましげな顔をした。
「わたくしは、もっと『上の世界』から来ました」
「……まさか本当に存在するなんてな。小さい頃、村の教会で説教を聞いた」
曰く、この世界は層のように連なっている。
そして『上の世界』はもっと素晴らしく、高次であって、ありとあらゆる力がまかり通っている。
それらが層を経るごとにどんどん貧しくなっていくのだそう。
我々のいる世界は、比較的貧しいよりの世界である。
だから争いや悪意があるのだ。我々は高次なる世界の有様を目指さなければならない……、とかなんとか。
しかし、女神はすこし考えこむそぶりを見せた。
「近いけど……、ちょっと違うわ。わたくしにとって、この世界も、救世の使命もゲームにすぎないの」
「ゲームだって?」
ルーカスは驚きのあまり反芻した。
しかし、納得できる部分もある。これまで女神は、ずっと危機感のない振る舞いをしていた。
自ら救うべき世界に、あまり愛着がないみたいに。
「女神とは言われてるけど……、その実ただの祈り手なんです。この世界の理を扱うものに過ぎないわ。だから色々ルールがある」
だから勇者の召喚は『ガチャ』であり、『石』なんてものを使わないと利用できないのだそう。
「わたくしには見えるの。この『塔』の周囲にいる人間たちの周りに、ランクの数字が。
あなたはC。この塔の門番も、娼婦も、みんな最底辺のC」
「うるせえ人のこと最底辺のCCCC連呼しやがって。…………」
なんとなくルーカスは思った。なんか、人生(?)つまらなさそうな奴だな。
ルーカスは自分が勇者になって酒池肉林を築くクズよりの人間であることは理解している。
しかし、なんの面白みもない人間か、と言われると少し疑問に思う。
これでもきょうだいや村の人間には、それなりに慕われていた。
それを、世界の理によって、価値の低い人間、価値の高い人間と勝手にランク付けされ──。
そして眼前の相手を、そのランクによって使えるか使えないかを即時に判断しなければならない有様は、
どこか可哀そうだと思った。
「これで、だいたい質問には答え終えたかしら。あとは、いっちばん大事なところ……」
「石の集め方か?」
『そう、』女神が説明の続きをしようと口を開いたところで──。
突然、雇った門番(Cランク)が女神の間に乱入してきた。
「勇者様! 緊急事態です! 厄介な不審者が『塔』に侵入しようとしています!」
「あ? んなもん追っ払え!」
「そのつもりです! しかし酷い暴れようで、下に残してきた門番もどれほど持つか──」
『ぎゃん!』
門番Aは横向きに吹っ飛んだ。飛び蹴りをかまされたのだ。
その奥、襤褸のマントを被った傷だらけの男が侵入してくる。
「ウッソだろ……!」
ルーカスは胸中で舌打ちをする。割と屈強な奴を雇ったはずなのに!
しかしどこの世でも、ヤケになった人間がナイフを振り回すのがいちばん手におえないのだ。
最もその”侵入者”の動きは、それなりに訓練を受けているようだが。
「城下で娼婦を買いあさってるクソ勇者ってのはお前か……!」
やべえ。バレてやがる。
ルーカスは焦った。口止め料は払っていたはずだが……。
勇者に抱かれるなんて経験、そうはない。戻った娼婦が言いふらしてもなんらおかしくはないのだ。
「何者だ」
ルーカスは半裸で、その辺に落ちていた伝説の剣その1──強欲の剣。貴重なアイテムを呼び寄せる効果を持つ──を拾いあげ、構える。
「……フン。カスでも勇者らしく、構えはそれなりのようだな」
「(き、木こりだからなんて言えねー……)」
「俺は黄金獅子団憲兵、マクバ駐屯地のメク」
女神がひそひそと耳打つ。
「マクバ駐屯地──この間見せた、荒廃した地の方面ね。駐在していた兵士は全滅しています」
ルーカスは、さ、と青ざめる。
すっかり忘れていた、事の惨状。
あの辺りでは地も、木も、動物も、そしてきっと人間でさえ──等しく炭になっていた。
ルーカスは、この世界を救済せねばならない、勇者なのだ。
勇者に、なってしまったのだ。
メクは護身用と思われる安物の鉄剣を差し向けた。
どこにでもある武器なのに、ルーカスにとってそれは酷く恐ろしく感じられた。
「お前みたいなカス勇者を殺して、俺が救世の勇者に成り代わる」
この剣はきっと、自分を殺す剣になるだろう。




