005 俺が作り、俺が終わらせる物語
「いち、に、さん……」
ウォーディン村の入り口で俺は荷台に詰まれた箱に触れていく。
「よん、ご、ろく、なな……」
「いち、に、さん、し……」
俺が数えるのに続いてお父さんも荷台に詰まれた箱の数を数える。
更に続いて……お母さんも箱の数を数える。
全部で十五個。
これは今年、神聖王国に納める税だ。
ダブルチェックならぬ、トリプルチェックをすると、お父さんはうんと確かに頷く。
「確かに十五個あるな」
「一昨年、去年と数が足りなかったって話だし。これで大丈夫よね」
「大丈夫さ。三人で数えたんだ」
心配そうにしているお母さんにお父さんは励ましの言葉を告げる。
俺はずっと荷台の上にある箱を見ていた。
『細工』は既に施した。
俺はお父さんとお母さんの顔をチラっと見つめる。
お父さんも口では言いながら、不安そうな面持ち。
お母さんも同じだ。
二人の顔を見て、俺は覚悟を決める。
もうすぐだ。
もうすぐ……お父さんとお母さんが死ぬ。
そのイベントがやってくる。
原作のガイウスは両親の死をきっかけに転がり落ちていく。
このイベントだけは絶対に破壊しなければならない。
このイベントの内容を頭の中で繰り返す。
ウォーディン村の納税額が三年間足りないという事実が明らかになる。
それは『王国の使者 ジル』と呼ばれる男が着服していて、その金でずっと豪遊していた。
しかし、その事実を知らなかった両親は、その後も納税の義務を果たす為に、心血を注ぎ、身を粉にして働き、その無理が祟って、命を落とす。
それによってガイウスは『王国』に対して強い憎悪を抱くようになる。
製品版ではこうだ。
ただ、この現実では『神』が関わっているのは明白だ。
常に最悪のケースを想定して動かないといけない。
そうしなくちゃ、お父さんとお母さんを守れない。
ふと、昔の事が頭を過ぎる。
昔、居なくなってしまった本当のお父さんとお母さんの事。
二度も、あの悲しみを味わいたくない。
破滅フラグだけではない。俺は二度とあんな思いをしたくない。
俺は腹を決める。
俺に出来る事はもう少し後だ。
今は我慢の時だ。
それから三週間後。
俺はリビングで両親と一緒に昼食をとっていた。
そんな時だった。
こんこん。
こんこん。
二度、玄関の扉がノックされた。
その音に両親の顔が一気に強張った。
ああ、やっぱりか。
これはどうにも避けようがない、か。
「ガイウス、部屋に戻ってなさい」
「え!? お、俺も」
「大丈夫。お父さんを信じなさい」
お父さんは俺の肩をそっと掴み、優しい笑みを浮かべる。
無理をしているのが丸分かりだ。
俺はお母さんも見た。
お母さんも不安な姿を隠そうと、隠そうと笑顔を浮かべている。
俺は頷く。
これは単純な暴力で解決するような問題じゃない。
暴力に訴えてしまったら、それこそ取り返しの付かない事になる。
まだだ……まだ、我慢しろ。
俺は椅子から降り、自分の部屋へと向かう。
それからすぐに魔術『空』を使い、玄関近くと空間をつなげ、盗み聞きをした。
「ウォーディンさん、お久しぶりです」
「久しぶりですね。ジルさん」
ジル。
王国の使者……恐らく、この世界では神の使者、か。
「本当に困りますよぉ~。一昨年、昨年、それに今年もですか? またしても、税が足りないんですがね~。どうなっているんでしょう?」
「今年は確かに決まった数を納税したはずだ。私達、家族全員で確認した」
「いえ、しかしですね。この書類を見て下さい」
メガネをクイっと上げているかのような何処か小ばかにした口調で話すジン。
「なっ……ありえない!! こんなにも少ないはずがないだろう!!」
「いえ、少ないんです。実数を王国の方で確認したんですが、少ないんですねぇ。これがまたぁ~……」
「あ、ありえません!! 確かに数えて……」
「うんうん、そうですねぇ~。数えたんですよねぇ~。でも、届いていないのは事実なんですよぉ~」
ジルのいやらしい言葉は続く。
「今年で三度目、ですか? もう、『神』も貴方方には失望してしまうかもしれませんねぇ~。そうなれば、どうなるかなんて……お分かりでしょう?」
「貴様……」
「おや!? 暴力ですか!? いけませんねぇ~……私は神の使者。神に愛されているんです。そんな私に暴力ですか? これだから、領域外の野蛮人は困りますねぇ~」
やばい。
本気でイラついてきた。
『神』という絶対的な権力を盾に滅茶苦茶しやがって。
俺は飛び出して行きたい気持ちを思い切り、腕をつねる事で堪える。
「あ、貴方が……貴方が来てから、こんな事が起きてるんです!! 前の使者の方はこんなんじゃなかった!! 疑うべきは貴方じゃ、無いんですか!!」
「おや、奥さん!! そんな証拠も無い事を言っても良いんですか? 全く。物を知らない人ですね~。良いですか? 私は神の使者なんです。
言うなれば、神の代弁者!! 私を疑うという事は『神』を疑うも同義!!」
すっとジンは両親の耳元に近寄った。
「最悪、全て無くなってしまうかもしれませんよ?」
「っ!?」
「なっ!?」
「んふふふ、だったら、すべき事があるんじゃないですかねぇ~。今しがた、貴方方は神を愚弄したともいうべき。それが何を引き起こすか……知らない訳じゃないでしょう?」
脅すような事を言うジン。
その言葉に俺は思わず天を仰ぐ。
本当にぶん殴ってやりたい。
あのキャラは俺が生み出したものだ。ああいう風になったのも俺の責任だ。
でも、二人は俺にとって大事な父と母だ。
父と母が愚弄されて、平気で居られる訳が無い。
俺は何度も、何度も心の内で爆発しそうになる怒りを抑え込む。
頑張れ、耐えろ。耐えるんだ。
暴力は何も解決しない。
ただ、俺のやろうとしている事を全部、ふいにするだけだ。
今の俺に『神の監視』を潜り抜ける術が無い。
反逆した所で、後で面倒な事になるだけだ。
今、暴力で訴えかけるんじゃない。
後で、徹底的にアイツを追い詰めるんだ。
その計画は……つつがなく進んでる。
「……申し訳、ありませんでした」
父の謝罪の言葉が聞こえた。
「申し訳、ありませんでした」
母の謝罪の言葉が聞こえた。
二人とも床に膝をつけ、三つ指ついて、頭を下げていた。
「っ!! フーっ……フーっ……落ち着け、落ち着け!!」
「ふふ、ハハハハハッ!! それで良いのです!! 本当に最初からそうしていればいいんです!! 貴方方のような野蛮人は!! 命乞いが良く似合う!! 神に逆らった所で、何も出来ないんですから!!
では、また来ます。次に会うときにはまた足りない分の税を頼みますね!!」
ハハハハハ、という高笑いを浮かべながらジンは帰っていく。
「……ごめんな。私に力が無いばかりに」
「良いの、大丈夫。それよりも、どうするの? もう税にできるだけのモノはもう……」
「……神とは一体、何なんだろうな。神というだけでそんなにも偉いものなのか?」
俺はすぐに空間を閉じる。
それからジンの近くに空間の渦を出現させ、盗み聞きをする。
「全く、最初からそうしていればいいんです。領域内に入ってもいない野蛮人が、汚らわしい。しかし、まぁ、傑作です。土下座だなんて。あんな事をしても何も変わらないのに」
「どうされますか? ジン様。税の方は」
「ああ、それですか? 残念ですが、この村は無くなります」
あっけらかん、とジンは言葉を口にする。
何だと?
村が無くなる?
本来のシナリオと逸脱した言葉に俺はすぐさま考える。
その答えはすぐに出た。
「私のやっている事を探るバカが居るようでしてね。そろそろ一つ消しておくべきかと。証拠隠滅、という奴です」
「……しかし、どのように?」
お付きの騎士らしき人間の問いかけにジンは言う。
「簡単です。『神』を動かします。ああ、教えておきましょうか。人が簡単に『神』を動かす方法。まぁ、既に動かしているんですが……」
「え?」
俺は空間の渦からチラリとジンの様子を伺った。
メガネをかけた下卑た笑みを浮かべた男は右手の甲にある刻印に向け、言った。
「ウォーディン村には真王が居る。これで良いんです」
「はぁ……」
「さあ、早くこの村を出るとしましょう」
ジンがそう言った時だった。
キィィィィン、という甲高い音が鼓膜を震わせる。
この音は……。
俺はすぐさま空間を繋ぎ、クレアに呼びかける。
「クレア!! 聞こえるか、クレア!!」
『ガイウス? どうしたの? こっちの調査はもう……』
「神がウォーディン村を狙ってる!!」
俺はすぐさま部屋を飛び出した。
一気に階段を降り、玄関に向かう途中、両親とすれ違う。
「が、ガイウス? だいじょ――」
「お父さんとお母さんはここに居て!! 絶対に、家の外に出ちゃダメだよ!!」
やはりか。
俺は玄関を飛び出し、空を見た。
俺だけじゃない。
他の人たちも異常に気付いたのか、外に出て、空を見上げている。
そう、空が赤かった。
まだ昼間にも関わらず、血のように紅いのだ。
そりゃそうだ。
結論が同じであれば、過程はいくらでも変えられる。
俺がそうできるように、神にだって、否、全ての人間が変えられる。
「この世界は現実、だもんな」
ゲームの世界は決まった事しか起きない。
でも、現実は違う。
無数の人間が存在して、無数の人達が選択し、生きていく。
「もう始まってんだ。こっからだ。最高の未来を手に入れる為の戦いは」
俺はもう一度気合を入れなおす。
これが本当の始まりだ。もう後戻りは出来ない。
俺の目指すハッピーエンドを何が何でも掴み取らないといけない。
時には非情にならなければならない事もあるだろう。
でも、これはゲームの世界じゃない。現実だ。
やるしかない。
「よし。オッケー。やるか」
俺は空間を繋ぎ合わせ、その場から転移する。
すると、焦燥感に駆られたクレアが一気に近づいてきた。
「が、ガイウス!? 神に狙われてるってどういう事!?」
「神の使者が『神』を呼んだ。この村に真王が居るってでっち上げてな」
「……でっち上げではないだろう?」
「いや、まぁ、そうなんだけど……」
俺はすぐさま咳払いをする。
絶の天然に合わせている余裕はない。
「とにかく、神の攻撃をこの村から逸らさないといけない。魔術『空』で逸らす事は出来るが、他の場所にぶっ飛ばす訳にもいかない。
絶、倶利伽羅神像で神の攻撃を打ち消せるか?」
「それくらいは他愛ない」
「良し。クレア。調査の方は?」
「問題なし。全部、纏めたわ。これ」
クレアは俺に一枚の紙を渡す。
その内容に目を通し、頷く。
「オッケーだ。充分過ぎる」
「でも、良く気付いたね。神の使者が着服して、それどころか、人殺しまでしてるなんて」
「『神』の事が分かれば簡単だ。ゆっくりと説明してやりたい所ではあるが、時間がない。クレアは神の使者を追跡。その後に『物資の回収』を頼む」
「了解。物資回収は探求仲間に任せてある。ちゃんと戻ってくるよう手配してくれるそうよ」
「分かった」
俺は自分の周囲にある空間に影を落とさせ、真っ黒の人間となる。
姿を隠すにはこれが良い。
シルエットは出てしまうが、姿を見られるよりはマシだ。
今、俺の存在を『神』に探知される訳にはいかない。
『神』が支配している以上、その支配に囚われる訳にはいかない。
俺は空間を開け、ウォーディン村に戻る。
すると、村の人たちの声が聞こえた。
「な、何で、空が紅いの!?」
「ああ、神様!! どうか、どうか、お許しを!!」
「な、何が起きているんだ……くっ、皆、すぐに避難を!!」
お父さんが呼びかけを行っている。
外に出ちゃったのか。
見られたくはなかったけれど、仕方が無い。
俺は覚悟を決め、お父さんの横を通っていく。
「ん? なっ、君は一体……」
「避難させる必要はない。私がどうにかする」
男なのか、女なのかも分からないような声を発する。
これも空間を捻じ曲げて、俺の存在が分からないようにする技術だ。
「避難させる必要はないだと!! こんな空で何が起きるかもわからないんだぞ!! 私には村の皆を守る義務と責任がある!!」
「……そうだ。それは私も同じだ。だから、皆を必ず守る。そして……こんな事をした奴には必ず代償を支払わせる」
「貴方は一体……」
ふわりと俺は空中に浮かぶ。
ゆっくりと、ゆっくりと空中に浮かぶ。
「な、何だ、あれ。黒い影?」
「何者なんだ、アイツは……」
「お父さん、お母さん、怖いよ……」
「大丈夫だからね」
村の人々の声が聞こえてくる。
疑問と恐怖。
その両方を強く感じる。
――キィィィィィン。
甲高い金切り声が響き渡る。
空はどんどん紅く染まっていく。
「……ね、ねぇ……あ、あれ……」
「な、何だよ、あれは……」
「流れ星? 違う、あんな紅い流れ星……知らない……」
「こ、こっちに来てないか?」
誰かが言った。
こっちに来ている、と。
その声と同時に人々の表情に絶望が張り付く。
天から紅い雨が降り注ぐ。
雲を破り、空を裂き、降り注ぐ。無数の紅き光線の嵐。
「絶!! 行くぞ!!」
『了解』
俺はすぐさまウォーディン村全体を覆う巨大な魔法陣を形成する。
その中心に巨大な異空間への渦を作り、幾重にも魔法陣を重ねる。
瞬間、全ての紅い光線が曲がり、渦の中へと吸収されていく。
「な、何が起きてる!!」
「光線が吸い込まれてる!?」
「あ、あの黒い影がやってるのか!!」
俺は魔法陣を維持したまま、紅き光線の全てを吸収していく。
異空間にさえ飛ばしてしまえば、後は絶が消滅させてくれる。
『ゼっちゃん、良い感じ!! ガイウス、こっちは問題ないわ』
「了解」
反撃できるチャンスはあるか?
俺は紅い光線を吸収しながら、空を見上げる。
『神』の姿は一切見えない。
「やっぱり姿は見せないか。そりゃそうだよな。こんな遠距離攻撃を持ってるんだ」
本来、国や村を滅ぼすならこの紅い光線で充分だ。
一発でも当たっていれば、間違いなく村は消失していただろう。
ただ、神の使者の計算外は俺達が居た事。
数分もすれば紅い光線は降り止み、空は青色へと戻っていく。
「……こっちは終わった。そっちは?」
『問題なーし。ゼっちゃんもピンピンしてる』
「そうか。了解だ」
俺はゆっくりと地に戻ると、ザワザワと周囲がざわついている事に気付く。
「あ、あの光線を全部、吸収した?」
「何だ、コイツは……」
「ありがとう、ございます。本当にありがとうございます!!」
俺は考える。
ここは名乗りを上げるべきか。
自らを『真王』と名乗り、この地を拠点に旗揚げをするべきか。
俺はしばし考えていると、目の前に両親が姿を見せる。
「あ、あの光線を吸収したと言うのか……一体、君は何者なんだ?」
「…………」
お父さんは驚愕した様子を見せ、お母さんは押し黙っている。
ただ、その目は真っ直ぐ俺を見ていた。
俺は懐から一枚の紙を取り出し、お父さんに渡す。
「これを受け取ってくれ。ここウォーディン村に来た神の使者。そいつがやっていた悪事の全てがここに記されている……読んでみてくれ」
「何だと!? ……これは!! 本当なのか!!」
「……貴方は一体」
お父さんとお母さんはその紙を見て、驚愕する。
俺はすぐさま背を向けた。
「お、おい!! 君はこの村の恩人だ。名前くらい聞かせてくれ!!」
「…………」
俺はお父さんの言葉を無視して、その場を去る。
真王はまだ名乗れない。
神がまだ見ているかもしれない。
それにまだ俺にはやるべき事がある。
「絶、クレア。準備してくれ」
『了解』
『オッケー。殴りこみって奴?』
「ああ、私の愛する者達に手を出した報いをアイツに受けさせる」
俺は愛している。
父を、母を。仲間を。村を。この世界に住まう全てを人を。
当たり前だ。
ここは俺が作ったゲームの世界。いとおしいに決まってる。
でも、ここはゲームの世界じゃない。
現実だ。
殺されたら、元には戻らない。
たった一つのボタンで元に戻る訳ではない。
俺が臆せば、俺の大事な人達が殺される。
覚悟を決めろ。やり遂げろ。
これは俺が作り、俺が終わらせるべき物語だ。




