004 空白の魔術師
『クレア=エンシェンティア、君に王の頭脳の称号を授けよう』
神聖王国に生まれ、愚かにも私は『神』を崇拝していた。
私の家は敬虔な信者ともいうべき家だった。
両親は共に騎士であり、王、ひいては神への忠誠を誓っていた。
そんな両親の背中を見つめ、そして、神に忠誠を誓い、支える事こそが私の生き方だと思っていた。
ただ、私には騎士になる才は無かった。
元々運動神経があった訳ではなく、あるのは、記憶力と魔術の才だった。
騎士になる事は出来ずとも、魔術を研究すれば神への力となる事が出来る、そう信じていた。
火、水、地、風、そして、強化。
基本四元素に自己強化。
魔術の基礎全てをマスターし、私は魔術を新たな極致へと進化させた。
それが『空』の魔術。
世界の『空間』に干渉し、操作する魔術。
この領域に到達した時、私は『王の頭脳』という称号を王自ら受け取った。
誰一人として到達しえなかった極致。
私はとても誇らしかった。
王の刃とは別の形、魔術や頭脳として王を支える。
王を支えるという事は、その上位存在である神を支える事にも繋がる。
私はそう信じていた。
愚かにも信じていた。
そんなある日。
王の頭脳となり、王の手足となり、魔術や真王についての研究を行っていた時。
私はゼっちゃんの事件を聞いた。
ゼっちゃんのお姉さんが突如暴走し、実験施設の全てを破壊。
そして、王の殺害。
聞いた時、私は耳を疑った。
ゼっちゃんもそのお姉さんの人柄も良く知っていたし、そんな事をするはずが無い、と分かっていたから。
でも、私はゼっちゃんに事件の全容の全てを聞く事が出来なかった。
あの時のゼっちゃんは……筆舌に尽くしがたい絶望を、味わっていたから。
私の友達がそんな目に遭ったのには何か裏がある。
そう思って私はその事件について調べようとした。
けれど、私はある『王の刃』に言われた。
『この事件については何も調べるな、王の頭脳』
『は? 何を言ってるの? あの実験施設は私すら関与していない。何か大きな問題があったって事でしょ? それにあの人があんな事するとは到底思えない。調べさせて』
『あの実験施設を管理していたのは神自らだ。お前は……神を疑うというのか?』
このときの私はそれで引き下がってしまった。
信じていたものを裏切る事が私には出来なかった。
その当時、私にとって『神』はまさしく、その生きる道でもあったから。
でも、ゼっちゃんの様子を見れば良く分かる。
あの場で起きた事は異常だったんだ、と。
『神』と『友達』。
私はその秤で選ぶ選択を迫られた。
『神』を信じ、目を閉じ、口を閉じ、耳を塞いで、これからも王の頭脳として生きていくのか。
『友達』を信じて、調査して、神の不手際があったのなら、それを糾弾するのか。
その時、私は『友達』を選択した。
何かが起きたという事実と友達の絶望。
それを少しでも和らげてやりたかったから。
せめて、神がどんな思いを、どんな考えを持って、そんな事をしたのか知りたかったから。
だから、私は――。
『神』に会いに行った。
遥か上空から私達を見つめている。
私は『空』の魔術を使って、神の居る領域と空間を繋ぎ、神に会いに行った。
そこで見たものは。
それはとても『神』とは呼べるようなものではなかった。
巨大な何かに吊るされ、操られているような存在。
女性的な身体付きを持ち、その顔は眉目秀麗。
でも、その表情は何処までも無機質で、不気味。
それが大量生産されているかのように、いくつも並んでいた。
神を自称するソレは私を見つめ、微笑んだ。
その時に私の意識は失われた。
その次に目覚めた時。
私の手は血で汚れていた。
『ああ……あああ……ああああああああッ!!!』
周りには私と共に研究を続けていた仲間たちが力なく倒れていた。
それを見て、すぐに理解した。
これは、私がやったんだと。
仲間を手にかけ、殺し尽くした。
私の中で何かが壊れたような気がした。
今まで信じていた全てを失い、私は――『空白』になった。
『ああ、あああああ、ああああああああッ!!』
右手の忌々しい二重螺旋と瞳のマークが紅く光り始める。
それと同時に私に語り掛けてくる。
『真王を、殺せ』
無機質で何処までも残酷な命令。
私の空白はそれで埋め尽くされていた。
イヤだ、イヤだ、イヤだ。
私は抵抗を続けた。
でも、身体は言う事を聞いてくれない。
また、私は同胞を殺す。
もしかしたら、今度はゼッちゃんを殺してしまうかもしれない。
そんな事、したくない。
でも、身体は動き続ける。
真王を殺す為に。その無機質な下らない命令の為に。
私の意識とは別に、身体は殺戮を求めている。
ソレは私の何も無くなった『空白』を埋め尽くしていた。
そんな苦しむ私の前に、奇妙な存在が現われた。
小さな小さな手のひらくらいの紅いドラゴン。
何処から来たのかも、何をしに来たのかも分からないドラゴン。
伝説の中でのみ語られる自然の象徴。
私も初めて見る存在だった。
けれど、私の身体はドラゴンを見ると、一気に動き出す。
ドラゴンを殺そうと。
その行動は何処か衝動的で、憎悪に塗れていた。
ドラゴンを殺そうと動き、私は確かにドラゴンを傷つけた。
その時に流れた血が、私の手に付着する。
その瞬間だった。
私の身体は何者かの『声』も『意志』もその全てを奪い去った。
『空白』を埋め尽くしていたナニカが消え去った。
右手の甲にあった忌々しい刻印すらも、消えていた。
『ドラゴンちゃん……』
私はすぐに傷ついたドラゴンを癒し、自身の空間へと逃げ込んだ。
彼が私を助けてくれた。
何があっても助けなくちゃいけなかった。
私が彼を助けると、彼は私の傍を離れようとはしなかった。
全てを失ってしまった私に、彼は生きる希望を与えてくれた。
そして、その希望は次の希望を呼ぶ。
刻印の消失。
神に仕える騎士や神聖王国に暮らす者達、そして、神の塔周辺に暮らす者達が受ける刻印。
これは神の恵みを与えるものだと言われているが、そんなものではない。
これはただの『支配の刻印』だ。
それが『ドラゴンの血』によってどういう訳か消失した事。
私はすぐに研究を再開した。
それは神の為ではない。
あの歪な『神』を殺す為に。
その研究を続ける為、神の目を欺く為に神の塔が存在しない『遠く離れた孤島』に移り住み、唯一の連絡を取るのが私の全てを知るゼっちゃんだけ。
当然、ゼっちゃんには全ての話をした。
私が同胞を殺した事。
そこにはもしかしたら、神の介入があったかもしれない事。
それはゼっちゃんに一つの真実を与える事になった。
『神』がゼっちゃんのお姉さんを殺した事。
私とゼっちゃんは一つ約束をした。
それは『真王』が現われた時、必ず共に戦う事。
そして、私達の手で『神の支配』を終わらせる事。
そう強く誓い合った。
それから、どれだけの月日が経っただろうか。
もう私を知る者なんて居ないのかもしれないが、私は神に気取られない為、ずっと孤島に居た。
正直に言うと、物凄く寂しかった。
唯一の娯楽は『人間の神秘、営み、その探求について書かれた本』を読み漁るくらい。
勿論、研究はしていたけれど。
正直、手詰まり感は否めなかった。
そんな時だった。
ゼっちゃんに『真王』が現われた、という話を聞いたのは。
私はすぐに会いに行った。
そこに居たのは十歳程度の子どもだった。
こんな子が真王?
最初は物凄く疑った。
でも、その……。
――お、男の子だ。お、男……。
悲しい事に私は色々とこじらせていた。
誰とも会わず、神を殺す為に色々と調べていたから。
男の子を見るのは久々だった。
そ、それに、何だかゼっちゃんと良い雰囲気……。
お、おねショタという人類の未知なる可能性。
その探求を正直やめられる訳がなかった。
ただ、『空』の魔術を知りたいのなら、話は別。
私は全力で彼の相手をした。
正直、ナメてた。
だって、相手は十歳。所詮は子ども。
そう思っていたけれど……。
強かった。
はちゃめちゃに強かった。
まさか、私の魔術を見破って、それどころか倶利伽羅神像まで使ってくるなんて。
それどころか、『空』の魔術も簡単に習得してしまった。
本当にビックリした。
でも、それ以上にビックリしたのは彼の言葉だった。
『ああ、倒せる。でも、それは俺一人の力じゃ出来ない。クレアの力も借りなくちゃいけないんだ。皆の力があって初めて叶えられる』
皆の力。
同胞を殺してしまった私にとって、その言葉はあまりにも重たいものだった。
でも、それは同時に、私の中にある『空白』にまた色が付くんじゃないかという希望にもなりえるものだった。
私はずっと寂しかった。
『神』を殺すというあてもない希望に縋りつく事で生きているけれど、それが叶えられるかは分からない。同士を集める事も出来ずに、ただただ引きこもる事しか出来ない。
でも、彼――ガイウスが居るのなら。それは希望から目標に変わるという確信があった。
何よりも、仲間だと言ってくれた。
私を必要としてくれる。
私はまだやり直せるのかもしれない。
希望を持ち続ける事が出来る。
私に生きる意味を与えてくれる。
それが彼だとそう思った。
そして、私の全てを捧げられる『王』であるとも。
私は心に決めた。
私の全てを彼に捧げ、その力になろうと。
そして、必ず彼やゼっちゃんと共に『神を殺す』という大罪を為しえよう、と。
そして、いつの日か……。彼が本当の王となり、色を知った時には。
私の■■を捧げられたら……ぐへへ……。
「……なぁ、絶。時々、クレアから、物凄い寒気を感じるんだけど」
「……気にするな。色々とこじらせてしまったんだ」
「あぁ……」
「何かあったら私にすぐ頼れ。アイツの扱いには慣れている」
「あ、うん」




