第98話:核の声、問われる名
白銀の内界は、音を持たなかった。
あるのは律。
あるのは問い。
あるのは、“在りたい”と願った存在たちの残響。
アランは進む。
足元の階段――いや、“構成されていく意思”が道をつくる。
(歓迎……じゃない。
拒絶……でもない。)
(ただ、“観測”されている。)
やがて、空間がひらけた。
中心に──それはあった。
形は、まだ定まらない。
核石のようでもあり、
心臓のようでもあり、
思考の塊のようでもあり。
ただひとつ明確なのは、
――“存在している”。
アランは槍を構えない。
武器としてではなく、
媒介として、胸の前に抱く。
その瞬間。
世界が、揺れた。
――“名は何だ”
声ではない。
直感。
理解。
脳に直接、概念として突き刺さる。
(名……?)
アランは息を吸う。
「……アラン」
応じた。
ただ、それだけ。
しかし空間は――動かない。
(二つ目の問いだ)
――“名は、定められたものか
選んだものか”
胸が、締まる。
(俺の“名”……
選んだわけじゃない。
与えられた名前。)
けれど。
槍が、静かに脈を打つ。
(でも――
“アラン”で在りたいと、今は思っている。)
そう思った瞬間。
白銀が、一度だけ脈動した。
ドクン。
――“在りたい理由は”
(……理由?)
問われているのは戦いでも技術でもない。
“存在証明”。
アランは目を閉じた。
(俺は……)
思い出す。
白霜峡の氷哭。
紅砂帯の灼裂。
倒れて、立って、迷って、選んだ。
(俺は、この槍でなにをしたい?
壊すためじゃない。
守るためでも、きっと足りない。)
そして──
胸の奥から自然に言葉が出た。
「……触れたい」
白銀が、震えた。
「壊し方じゃなく
距離でもなく
奪うでもなく
ただ……触れて、知りたい」
静寂。
次の瞬間。
“核”が、形を得た。
人型──ではない。
大地そのものが、立ち上がったような影。
――“ならば証明せよ”
アランは息を呑む。
――“触れるとは、奪わぬこと
壊さぬこと
寄り添うこと
その手で示せ”
影が、腕を伸ばした。
それは敵意ではない。
ただ、“試練”。
(……手で、触れ?
槍じゃなく?)
槍が、震えた。
拒むでも、導くでもない。
(選べ、ってことか。)
アランは槍を、そっと下げた。
内界に入口を切り開き、
数えきれない律の悲鳴と恐怖を見せた媒介を。
一度、手から離す。
床に、白銀の槍が静かに触れた。
アランは両手を広げる。
「……俺が触れる」
拳ではない。
指先でもない。
奪うための形ではなく――
開いた手の内で。
アランは、その影に手を伸ばした。
触れる。
その瞬間。
世界は――震えた。
白銀の光が爆ぜる。
外界では。
リリアの瞳が大きく開かれる。
「……槍、光ってない……!?」
レオンハルトが息を詰める。
「じゃあ……アランは……
媒介を捨てて……?」
ダリオは震える声で答えた。
「違う。
あいつは──“人として触れに行った”」
内界。
影は問い続ける。
――“それでも名を名乗るか”
アランは迷わなかった。
「俺は──アランだ」
影が、揺れた。
そして。
――“認めよう”
白銀が音もなく砕け──
世界が、次の段階へ進んだ。




