第95話:応答なき応答 山が示す選択肢
一歩、踏み出した瞬間だった。
空気が――変わった。
冷たくなったわけでも、重くなったわけでもない。
ただ、向きが揃った。
山頂へ向かって、すべてが。
リリアが、息を詰める。
「……来る。
でも、敵じゃない」
ダリオは即座に手を上げた。
「魔力、抑えろ。
攻撃準備はするな。だが、退路は確保しろ」
全員が従う。
そのとき――
白銀の岩壁に、“影”が浮かび上がった。
魔獣ではない。
人影でもない。
山肌そのものが、ゆっくりと“隆起”していく。
音はない。
破壊も、振動もない。
ただ、形が与えられていく。
「……そんな……」
レオンハルトが、思わず声を漏らす。
「岩が……立ってる……?」
それは“像”に近かった。
二本の脚。
胴体に相当する岩塊。
頭部らしき輪郭。
だが、顔はない。
目も、口も、表情もない。
あるのは――
山と同じ質量感だけ。
リリアが、震える声で言う。
「代理体……
核が、直接出てこない代わりに……
“話すための形”を作ってる」
アランは、槍を構えなかった。
ただ、一歩前に出る。
その瞬間。
白銀の槍が――完全に静止した。
拒絶もしない。
導きもしない。
(……中立)
アランは理解する。
(俺個人じゃない。
小隊として、問われてる)
代理体が、ゆっくりと“腕”に相当する岩を動かした。
攻撃ではない。
地面に、線を引いた。
一本。
そして、もう一本。
二つの道。
リリアが、はっとする。
「……選択肢……?」
次の瞬間。
左の線が淡く光り、岩壁の一部が崩れた。
その奥に見えるのは――
地脈が暴走し、魔獣が溢れ出す未来の映像。
白霜峡。
紅砂帯。
今まで彼らが止めてきた“結果”。
次に、右の線。
こちらは、崩れない。
だが――
山全体が、一つの巨大な結晶構造へと固定されていく。
動かない。
変わらない。
その代わり、人が立ち入れない土地になる。
「……固定化……」
ダリオが、低く言う。
「被害は抑えられる。
だが……」
「周囲の街道、鉱脈、水脈……」
リリアが続ける。
「全部、死ぬ」
代理体は、何も語らない。
ただ、二つの線の前に立っている。
選べ、と。
アランは、ゆっくりと息を吸った。
「……どっちも、最悪だな」
誰も否定しない。
「壊せば、被害が出る。
守れば、世界が狭まる」
アランは、白銀の槍を見下ろした。
(だから、触れなかったのか。
壊す武器じゃ――答えが出ない)
代理体が、最後に一度だけ動いた。
アランの足元へ、小さな欠片を落とす。
白銀の岩片。
だが――
魔力を通すと、柔らかく脈打つ。
リリアが息を呑む。
「……調律用の核片……、
壊すためじゃない……“変える”ための……」
代理体は、それ以上動かなかった。
役目は終わった、と言わんばかりに。
山は、再び沈黙する。
アランは、核片を拾い上げた。
重い。
だが、不思議と拒まれない。
「……選択肢は、三つ目だな」
ダリオが、目を細める。
「言ってみろ」
「壊すか、
固定するか、
――調律するか」
その言葉に、空気が張り詰める。
リリアが、静かに笑った。
「一番、難しいやつね」
「でも」
アランは、山頂を見据えた。
「それをやれって言われてる」
白銀の槍が、ほんのわずかに――
肯定するように、鳴った。
決戦は、避けられない。
だがそれは、
殺すための戦いではない。
山の“在り方”を、
人が選ぶ戦いだ。
次に踏み込めば、
もう引き返せない。
それでも――
小隊は、前へ進む。
選択を、持ったまま。




