第88話:通じない陣形、届く槍
グラシア山脈・中腹。
岩壁の裂け目から溢れ出した魔力は、
空気を歪ませ、低い振動音を生んでいた。
「――陣形、第三!」
ダリオの号令で、小隊が即座に展開する。
前衛:ダリオ(魔導士)
中衛:アラン(魔装槍)
後衛:レオンハルト(魔導士)、補助:リリア
レオンハルトは杖を構え、素早く詠唱に入った。
「《レイジング・ロック》!」
岩属性の魔法陣が展開され、
裂け目から現れかけていた“岩殻の塊”へと放たれる。
――だが。
バリッ……!
魔法が触れた瞬間、
陣が歪み、光が弾かれた。
「なっ……!?」
岩殻が、まるで“拒絶する壁”のように魔力を跳ね返す。
リリアが即座に分析する。
「魔力反応、異常!
外部魔法を“循環に組み込まない”構造よ!」
「そんな……!」
レオンハルトの声が、わずかに揺れた。
(通じない?
正規術式が……?)
岩殻の塊が、ゆっくりと形を成す。
四脚。
重厚な胴体。
山岩そのものを削り出したような魔獣。
――岩殻獣。
ダリオがシールドを唱える。
「来るぞッ!!」
岩殻獣が前脚を叩きつけた。
ドォン――!!
衝撃波が地面を走り、
隊列が大きく揺らぐ。
「くっ……!」
ダリオが踏ん張るが、
後方のレオンハルトは体勢を崩した。
(まずい……!
前に出られない……!)
そのとき。
「――俺が行く」
短い声。
アランだった。
「無茶だ!」
ダリオの制止を、リリアが遮る。
「アランなら――“触れる”!!」
アランは槍を構え、前へ出る。
白銀の槍が、岩殻獣へ向けて震え始めた。
(……やっぱりだ)
(ここ、“核”が近い)
岩殻獣が吠え、
胴体の奥で淡い光が脈動する。
レオンハルトは、それを見て凍りついた。
(魔力の中心……
あそこに……?)
「《ルミナエッジ》」
低く、確かな声。
槍先に光が宿り、
アランは迷いなく踏み込んだ。
岩殻の表面を、光の刃が“滑る”。
次の瞬間――
ズンッ。
音もなく、
岩殻獣の内部に“ひび”が走った。
「……!?」
レオンハルトの目が見開かれる。
(斬った……?
いや、違う……)
(触れたんだ)
槍が、岩殻の“内側”へ届いている。
アランが低く呟く。
「……ここだ」
槍が、岩殻の奥――
脈動する核を正確に捉えていた。
岩殻獣が、悲鳴のような振動音を上げる。
ゴゴゴゴ……!!
リリアが叫ぶ。
「核、露出する!
今なら――!」
「やる!」
アランは一気に踏み込み、
槍を突き立てた。
白銀の光が、山肌を貫く。
バキィン――!!
岩殻獣の動きが止まり、
巨体が崩れ落ちる。
砂塵が舞う中、
静寂が訪れた。
レオンハルトは、言葉を失っていた。
(魔法じゃない……
でも、魔法以上に“正確”だ)
(あれは……武器じゃない)
(媒介だ)
リリアが息を整えながら言う。
「ね?
杖と同じ――
いえ、それ以上でしょ」
レオンハルトは、ゆっくりと杖を下ろした。
「……認めざるを得ないな」
視線は、アランの背中に向いている。
「貴族が武器を持つ、か。
――いや」
小さく、吐息のように続けた。
「魔導士が、戦場に触れただけか」
アランは振り返らない。
ただ、槍を構えたまま、
山の奥を見据えていた。
(……まだだ)
(この山、
“これだけ”で終わるはずがない)
白銀の槍が、再び微かに震える。
次の異変は――
さらに高所で、確実に待っていた。




