第86話:沈静のあと 次なる歪み
紅砂帯に、夜が降り始めていた。
昼間の狂気のような熱は嘘のように消え、
砂はただの赤褐色の大地へと戻っている。
核主の残骸は、
すでに“魔力を失った岩”として崩れ、
風に削られ始めていた。
リリアは、携帯端末型の魔導計測器を閉じる。
「……完全沈静。
残留魔力、通常域まで低下。
ここは……もう大丈夫。」
アランは、魔装槍を肩に担いながら頷いた。
「ダンジョン化も止まった。
これ以上、ここでやることはないな。」
そのとき、通信符が震えた。
『こちら帝都研究局・前線管制。
紅砂帯の異変沈静を確認。
――よくやってくれたわ。』
聞き慣れた声。
セレスティアだった。
『でも、安心するには早いわ。
同時刻、別地点でも異常が検知されたの。』
リリアが顔を上げる。
「……別地点?」
『ええ。
“同質の歪み”が、少なくとも二か所。
場所は――』
符文盤に、簡易地図が投影される。
赤い点が、二つ。
一つは帝都西方の山岳地帯。
もう一つは、南東の低湿原。
リリアが息を呑んだ。
「……地形、まったく違う……。」
アランは地図を見つめる。
(でも……“律”の歪みは、同じ。)
魔装槍が、微かに震えた。
「……この二つ。
“別々に起きてる”わけじゃない。」
リリアがアランを見る。
「同感。
発生の仕方が……似すぎてる。」
通信の向こうで、セレスティアが静かに言った。
『黒殻、白霜、紅砂。
そして、次の二点。』
『これはもう、偶然じゃない。
――誰かが、意図的に“ダンジョン化の前兆”を作っている。』
沈黙が落ちる。
アランは、ゆっくりと槍を握り直した。
「……帝国の外?」
「それとも……中?」
『それは、まだ分からない。』
セレスティアは即答しなかった。
『だからこそ、あなたたちに任せたいの。』
リリアが小さく笑う。
「……つまり、次も“現地調査兼止め役”ってことね。」
『そうなるわね。
ただし今回は――』
通信が一瞬、間を置いた。
『単小隊を付ける。
あなたたちは、実質“実戦部隊の中核”よ。』
アランが眉を上げる。
「俺が……中核?」
『ええ。
もう“学生の臨時任務”ではないわ。』
その言葉の重みが、胸に落ちた。
リリアがアランを横目で見る。
「……ねえ。
気づいてる?」
「なにを?」
「さっきから、誰も
“光導士候補生”って言わなくなってる。」
アランは一瞬黙り、苦笑した。
「やめてくれ……
肩書きが増えると、胃が痛くなる。」
だが――
その目は、逃げていなかった。
魔装槍が、再び震える。
今度は、西方の山岳地帯を指す。
アランは息を吸い、ゆっくり吐いた。
「次は――山だ。」
リリアが頷く。
「了解。
“歪み”が、何を生もうとしてるのか……
確かめに行きましょ。」
次なる異変が待つ場所へ。
それは、
“地形すら裏切る律”が芽吹く地――




