第8話:初級ダンジョン第三層 コボルト戦
第三層――。
通路を抜けた先は、他の階層とは違う広い空間だった。
粗削りの岩壁が天井までそそり立ち、所々に火の灯った松明が突き刺さっている。
まるで「ここが節目だ」と言わんばかりの雰囲気。
(……きな臭い。ボス部屋ってやつか?)
そう警戒していると、暗がりから数匹の獣影が飛び出してきた。
犬のような顔に二足歩行の姿――コボルトだ。
ゴブリンよりも素早く、棍棒ではなく錆びた短剣を握っている。
「うげっ、スライムよりゴブリンより、絶対めんどくさいやつだろ!」
すぐに二匹が左右から挟み込むように迫ってきた。
慌てて槍を構え、《ルーメン》を発動。
槍先に宿った光が狭い空間を切り裂き、コボルトたちが目を細める。
(よし、やっぱり光には弱い! でも……速い!)
一体が懐に飛び込み、短剣を振り下ろす。
間一髪で受け流すも、腕に浅い切り傷が走った。
「くそっ、《ミニキュア》!」
応急処置を施しながら、後退して距離を取る。
そのとき、耳の奥に再びセルジオの声が響いた。
『坊ちゃま、落ち着いて。コボルトは群れるが、その中に必ず“リーダー”がいます。
リーダーを倒せば群れは散るはず。』
「なるほど……!」
改めて目を凝らすと、一体だけ背丈が大きく、錆びた剣を構えた個体が中央で吠えている。
その瞬間、アランの脳裏にひらめきが走った。
(なら、光で狙い撃ちだ!)
槍を高く掲げ、渾身の声を張り上げる。
「《ルーメン》――フルパワー!」
眩い光が放たれ、リーダーコボルトの眼前を照らす。
一瞬怯んだ隙を逃さず、アランは一直線に踏み込んだ。
「そこだぁぁぁっ!」
槍の穂先がリーダーの胸を貫き、鈍い悲鳴が洞窟に響く。
リーダーが倒れると、残りのコボルトたちは怯え、鳴き声を上げながら奥の闇へと散っていった。
「……はぁ、はぁ……やった、のか……?」
槍を杖代わりに膝をつき、全身汗まみれで息を整える。
足元にはリーダーの落とした木製の小箱。
震える手で拾い上げると、中には銀貨数枚と、緑色に輝く小さな宝石が入っていた。
(……これが、初級ダンジョン第3層の“ご褒美”ってやつか)
疲労と達成感に包まれながら、俺はぐったりとその場に腰を下ろした。
そのとき、ふと視界の端を小さな影がよぎる。
先ほど逃げたコボルトの一匹が、岩壁の隙間にするりと消えていったのだ。
(……あいつ、壁に消えた? まさか隠し通路か?)
俺は立ち上がり、槍の石突きで壁を軽く叩いてみた。
コン、コン……ゴンッ。
(音が違う!)
思いきり押すと、壁がガコンと動き、奥へと続く小部屋が姿を現した。
中には豪華な装飾を施された宝箱――だが、その前に立ちはだかる影があった。
「ガルルッ!」
先ほど逃げ込んだコボルトが、宝箱を守るように牙をむいていたのだ。
短剣を構え、必死に威嚇してくる。
「……やっぱり隠し部屋の番人ってわけか」
俺は槍を握り直し、《ルーメン》を発動。
眩い光が槍先から放たれ、コボルトが一瞬たじろぐ。
その隙を逃さず、俺は踏み込み、槍を突き出した。
「はあああっ!」
穂先がコボルトの胸を貫き、短い悲鳴とともに崩れ落ちる。
その場に残ったのは、豪華な宝箱だけだった。
「……ふぅ。これで片付いたな」
俺は震える手で宝箱を開け、中身を一つひとつ確認した。
中には、深緑色の布で仕立てられた魔導士のローブと、金属光沢を放つ槍の穂先、そして分割式の短い棒が三本――
(……やった、これで次も戦える!)
俺は思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。
ローブにそっと袖を通す。
すると、まるで生地がこちらの体に合わせて形を変えたかのようにぴたりと馴染んだ。
着ただけで、魔力の通り道がすっと開いた気がする。
普段は薄くしか流れなかった魔力が、腕先や指先まで自然に満ちていく感覚――
まるで滞っていた川が、急にせき止めを取り払われたような……そんな滑らかな流れを感じた。
次に、槍の穂先と棒を組み合わせてみる。
カチリ、と小気味よい音とともに連結され、短槍が一瞬で“長槍”へと変わった。
しかも――長さを変えても、重さのバランスが崩れない。
構えてみれば、腕の動きに自然と追従するように槍が振れる。
まさに“戦うために設計された武器”。
(すげぇ……これ、めちゃくちゃ使えるぞ)
装備を整え直しながら、俺は小さく笑みを浮かべた。
この戦利品は――単なる“宝”じゃない。
これからの俺の戦いを変える、“力”そのものだ。
胸を高鳴らせながら、俺はそっと深呼吸をして、ダンジョンの出口へと足を進めた。




