第77話:揺らぐ帝国地図 第三の異変指令
白霜峡の出口近く。
崩れた氷霧が消え、柔らかい風が吹き抜けていた。
アランとリリアが峡谷を振り返ると、研究官たちが急ぎ駆け寄ってきた。
「アラン君、リリア君! 無事だったか!」
隊長が目を丸くし、驚きと安堵の混ざった声を上げた。
アランは槍を支えながらうなずく。
「……なんとか。
でも、核化がもっと進んでいたら危なかったです。」
リリアが槍を指さす。
「隊長、この槍……“魔装槍”として完全に覚醒しています。
地脈核に干渉し、律の乱れを抑える力まであったわ。」
研究官たちは一斉にどよめいた。
「本当か……? 魔装槍は理論上の遺物とされていたはず……」
「まさか、生成前ダンジョンの干渉装置が“人間”に共鳴するなんて……!」
アランが首をかしげる。
「そんなに珍しいんですか?」
隊長はうなずいた。
「珍しいどころじゃない。
魔装器は“意思を持つ魔導装置”だ。
共鳴者を選ぶ、と言われている。」
リリアが少し得意げにアランを小突く。
「つまり、すごいことなのよ?
自覚していいと思うわよ?」
アランは照れくさそうに目をそらす。
(……俺に、そんな適性があったなんて。)
だが喜んでいる暇はなかった。
隊長が端末を操作し、通信魔導具を展開する。
白い魔力の線が空中に浮かび上がった。
「……本部へ報告する。
白霜峡の凍結異変――沈静化確認。
ダンジョン化は阻止された。」
その瞬間、通信の向こうから焦りを含む声が響いた。
《帝国魔導士団本部より全探索班へ通達。
“第三の異変”が確認された。
位置は――帝都南方《紅砂帯》区域。》
リリアが息を呑む。
「もう……次が?」
通信は続く。
《現地で“灼熱化現象”と“魔力反転”を確認。
砂漠の魔力層が暴走しつつある。
ダンジョン化まで時間がない――》
隊長が険しい顔になる。
「……まずい。
紅砂帯は帝都輸送路の要衝だ。
あそこがダンジョン化したら物流が止まる。」
《それと――》
通信の声が一段低くなる。
《現場付近で“共鳴反応”が観測されている。
白霜峡で発生したものと酷似――》
隊長がアランを見た。
「……アラン君。
どうやら、また君の力が必要になるらしい。」
アランは槍を見下ろす。
白金の刃が、微かに震えた。
(まるで……“そっちへ行け”って言ってるみたいだ。)
リリアが肩を叩く。
「行くしかないわね。
だってアラン、あなた……
“光導士候補生”じゃなくて――」
アランが振り返る。
「……なに?」
リリアは小さく笑った。
「“律を正す者”かもしれないんだから。」
アランは苦笑する。
「そんな大層なものじゃないよ。
ただ……放っておけないだけだ。」
隊長が声を上げる。
「全員準備しろ! 次の目的地は紅砂帯だ!
異変の連鎖を止められるのは――俺たちだ!!」
白霜峡に温かい風が吹き込んだ。
それは、竜の“凍てついた心臓”が溶けた証のようだった。
アランは槍を握り、
ゆっくりと歩きだした。
次の異変――
灼熱の砂漠で待つ“紅蓮の律の歪み”へ向かって。




