第71話:ダンジョン誕生の瞬間
白霜峡が――震えた。
峡谷の裂け目から立ち上がった青白い光柱は、
まるで“天へ向かう氷の幹”のように空を貫いていた。
風は止まり、音も消えた。
ただ、氷と光の脈動だけが峡谷を支配している。
リリアが震える声でつぶやく。
「……これが、“核化”の始まり……?」
隊長は蒼白だった。
「いや……こんな速度は異常だ。
自然発生じゃない。何かが――加速させている。」
アランは光柱の根元を見つめる。
(誰か……“何か”が、ダンジョンを生み出そうとしている?)
その瞬間――
光柱の中で“影”が揺れた。
氷煙を裂きながら、巨大な輪郭がゆっくりと浮かび上がる。
リリアが息を呑む。
「……あれ……生き物?」
いいや、とアランは首を振る。
「生き物じゃない……地脈そのものが、形を持ち始めてる。」
光の中に見えたのは――
氷の結晶が無数に重なり、獣とも人ともつかぬ“核の胎動体”。
青い眼孔だけが赤く光り、
その周囲に霜の羽根のような氷片が漂う。
「……ダンジョンコアの“原型”だ。」
隊長が震えながら言った。
「核が自分の身を守るために“番”を生み出し始めている……!」
その言葉どおり、影がもうひとつ、光柱の脇から抜け出す。
さっき倒した氷牙狼とは違う。
四つ足だが、体を覆う氷殻は鋭い棘となり、
背中に“結晶の角”が生えていた。
リリアが叫ぶ。
「“核化種”!?
生まれたばかりなのに、もう進化してるの……!」
アランは槍を握り直った。
(核の防衛本能……灰哭と同じだ。でも――)
氷殻が揺れ、狼形の核化種がこちらに向けて咆哮する。
ギャアアアアアアッ!!
凍てつく音波が峡谷全体を震わせた。
アランは地面を蹴る。
「行くぞ、リリア!!」
「うん!」
風が渦を巻く。
光が槍先に集まる。
二人は光柱の中心へ向けて走り出した。
だが――
核化種の足元の氷が、急激に広がり始める。
地面そのものが凍っていく。
アランは即座に叫んだ。
「《ライトヴェイル》!」
薄光の膜が足元を包み、凍結を防ぐ。
リリアが続けて詠唱する。
「《テンペスト・フィールド》!!」
風の盾が凍気を押し返す――
しかし今度の凍気は強すぎる。
風の壁が軋む音を立て、凍りつこうとしている。
「くっ……これ……!」
アランはリリアを支えるように隣に立つ。
「風じゃ押し返せない――
なら俺が突破する!」
槍に光が集まり、眩い刃が生まれる。
「――《ルミナエッジ》!」
氷の壁を斬り裂き、二人の進路が開ける。
その向こう――
核化種が青白い霧の中から姿を現した。
赤い眼孔がアランを鋭く追う。
冷気の刃が、狼の口腔から放たれた。
ヒュオオオオッ!
リリアが叫ぶ。
「アランッ!!」
アランは槍を構え――
光を爆発させる。
「《ホーリーバースト》!!」
冷気の刃と光が激しくぶつかり合う。
氷片が砕け散り、光が霧を押し返す。
核化種がよろめく。
だが――まだ倒れない。
アランは肩で息をしながら呟く。
「……やっぱり核化種……
普通の魔獣よりずっと硬い……!」
リリアが横に並び、息を整える。
「アラン、次……一気に行くよ。」
「わかってる。」
二人は再び構えを取った。
その瞬間――
裂け目の奥で“さらに大きな影”が動いた。
ガゴォォォォン……ッ!
足元が揺れ、氷柱が天へ伸びる。
隊長が悲鳴をあげる。
「あれは……第一核!!
“ダンジョン化”が始まった!!」
アランは槍を握りしめ、目を細める。
(間に合うか……?
ここで止めないと、本当に……)
リリアが震えながらも、前を見据える。
「アラン……行こう。
私たちが止めなきゃ、誰も――」
アランが頷く。
「――行くぞ。ここが境目だ。」
氷煙が渦を巻き、核の胎動が響く。
白霜峡は、いま“ダンジョン”へと変わろうとしていた。
そして――
アランとリリアは、その中心へ走り出した。




