第7話:アイテム部屋で休憩・セルジオの助言
石の階段を降りきると、不意に空気が変わった。
湿った通路の先に、ひとつだけ木製の扉がぽつんと現れる。
「……お?」
半信半疑で押し開けると、そこは戦場とは思えないほど静謐な小部屋だった。
壁には古びた燭台が等間隔に並び、青白い炎がゆらゆら揺れている。
中央には石の台座があり、その上に木箱がひとつ。
他には何もない。
(……なるほど、これが“アイテム部屋”ってやつか)
ゲームで見たことがある光景に、俺は思わずにやけそうになる。
けれど、槍を握る手はまだ震えていた。
ゴブリンとの戦闘で受けた切り傷や打撲が、じわじわ痛みを訴えている。
「よし、とりあえず……《ミニキュア》!」
手をかざすと淡い光が広がり、傷口がじんわりと塞がっていく。
とはいえ、応急処置程度。痛みが消えたわけじゃない。
木箱を開けると、中には革袋に入ったコイン数枚と――小さな瓶に入った赤い液体。
「……魔力ポーション、っぽいな」
ゴブリンの棍棒をかわすだけで精一杯だった体はボロボロ。支給品でもらった青汁色のポーションを思い出すが……あれは飲んだ瞬間、胃袋が悲鳴を上げるほどの代物で、効き目もいまいちだった。
恐る恐る赤い液体をひと口含むと――ほんのり薬草酒のような香りと、舌に残るわずかな甘苦さ。次の瞬間、体の奥からじんわりと熱が広がり、全身に魔力が戻っていくのがはっきりと分かった。
(……おお、これだよ! ちゃんと効くし、後味もマシ! 最初からこっち配れよな!)
思わず心の中で毒づきながらも、回復していく感覚に胸をなで下ろした。
――そのとき。
静まり返った石の部屋に、不意に耳の奥で声が響いた。
『――坊ちゃま、聞こえますかな?』
「ひぃっ!?」
思わず瓶を落としそうになった。
『落ち着いてくださいませ。セルジオでございます』
「せ、セルジオ!? なんで頭に直接……!」
『ダンジョンに挑む者には、“観測の水晶”を通じて最低限の連絡が届く仕組みになっております。直接干渉はできませぬが……せめて助言くらいは、と』
「な、なるほど……(完全に脳内アナウンスなんですけど!?)」
セルジオはいつもの穏やかな口調で続ける。
『坊ちゃま、戦いぶりは拝見いたしました。光属性は未熟なうちは明かりと小回復しか扱えません。ですが、使い方次第では敵を怯ませ、隙を作ることができます』
「……まあ、懐中電灯芸でなんとかなったしな」
『芸……? とにかく、光は決して無力ではないということです。そして、槍を選んだのは正解でしたな。近接武器で間合いを稼ぎ、光で補助する――坊ちゃま独自の戦い方を磨けばよろしいでしょう』
俺はしばし黙り込み、槍の柄を見つめる。
(……独自の戦い方、か)
確かに、普通の魔法使いみたいに一発ドカン!は無理だ。
だけど、だからこそ俺にしかできない戦い方を見つければ……。
「……よし、ちょっと元気出てきた!」
セルジオの声がふっと和らぐ。
『次の階層には“少しばかり強い個体”がいるはずです。お気をつけて――』
声はそこで途切れ、部屋に静寂が戻る。
(“少しばかり強い”……絶対ボスって意味だよな)
深呼吸をして、アイテム袋を肩にかける。
小休止を終えた俺は、次なる階段へと歩みを進めた。




