第60話:律の震え 帝都の異変
帝都ルメニア・光導士認定式会場。
白銀の天井に張り巡らされた魔導灯が、ほんのわずかに瞬いた。
観客席のざわめきの中、アランは中央通路をゆっくりと歩く。
(式典中に魔脈が揺れた……?
嫌な予感がする。)
壇上には帝国魔導士団の長官、深い紺色の礼装をまとった初老の男――
グラディオスが立っていた。
「アラン・ルクレディア。」
名を呼ばれ、アランは前へ進み出る。
その瞬間だった。
カシィ――ン。
硬質な音が、帝都の中心部全体に響きわたった。
会場の魔導灯が一斉に揺らぎ、天井に張られた大環の紋様が微かに歪む。
「魔脈……また振動してる!」
「こんな短い間隔で!? ありえない!」
観客席から声が上がる。
リリアも席から立ち上がり、計測魔具を構えた。
「アラン! 地脈の波形、灰哭副層の“共鳴時”と同じよ!」
「じゃあ、あれと同じ現象がまた――」
ごうっ……!
床下から、まるで巨大な心臓が鼓動するような震えが走った。
塔の外で青白い魔力線が瞬き、帝都全域を走る光が脈動する。
グラディオス長官が険しい表情で叫ぶ。
「全員、落ち着け! 儀式は一時中断!
――術士隊、魔脈の安定化へ回れ!」
会場全体に緊張が走る。
そのとき。
アランの胸の奥で、光が震えた。
(……なんだ?
まるで、何かが“呼んでいる”。)
視界の端に、淡い金色の線が重なって見えた。
人々の影を縫うように走り、会場の奥へと伸びていく。
(これは……“理の流れ”だ。)
まただ。
灰哭副層で見えたあの“律の欠片”――同じ感覚。
アランが無意識に手を伸ばすと、光が細く軌跡を描いた。
リリアが駆け寄る。
「アラン! 光、見えてるの? どこに繋がってるの?」
「――塔の中枢だ。」
「中枢? 魔脈核の調整盤があるところじゃない!」
「たぶん、そこで何かが……起きてる。」
グラディオス長官もアランたちに気づいた。
「君には干渉感知の資質があると聞いた。」
アランは頷く。
「はい。地脈の“ずれ”が見えます。
この揺れ……自然じゃありません。」
「……やはりか。」
長官は短く息をつき、決断する。
「アラン・ルクレディア。
――帝都魔脈中枢の調査を命じる。」
「!」
「ただし危険だ。単独では行かせん。
リリア・アルヴァイン、同行を許可する。」
「了解!」
リリアは即座に答えた。
「さらに、研究局からの応援要請も届いている。
“何か”が核層で動き始めた……。
このままでは帝都全域の魔力が乱れる可能性がある。」
アランは深く息を吸い、こぶしを握った。
「行きます。
――あの光が、俺を呼んでいる。」
「私も行くわ。一人にしない。」
リリアが横に並び、二人は中枢区画へ向かって走り出す。
帝都の中心、地下深く。
《魔脈核調整室》。
青白い光の渦が唸りを上げ、
中央の魔力炉に黒いノイズが走っていた。
その前に立つ影がある。
フードを目深にかぶった男――
帝国研究局・情報課の密使《観測者》。
彼は揺れる魔脈炉を見つめ、低く呟いた。
「……予兆が“表層”まで浮上したか。
あの少年の光が刺激した――やはり真実だな。」
彼の手には一枚の報告書。
『件名:律の断片/対象:光導系統の覚醒反応
――封印層より“第二段階の兆候”を確認』
男は書類を閉じ、足音を忍ばせて闇へ消えた。
アランとリリアが中枢へ駆け込むと、
魔脈炉が大きく脈動し、青白い光が乱れていた。
リリアが叫ぶ。
「地脈核の反応が上昇中!
暴走する前兆よ!」
アランは胸に手を当てる。
(聞こえる――声じゃない。
でも、律が“ゆらぎ”を訴えている。)
「――行くよ、リリア。」
「ええ!」
アランは光を紡ぐ。
「《ルーメン》――共鳴域、展開!」
呼応するように、魔脈炉が揺れた。
その奥から――
低く、何かが“目覚める”気配がした。
帝都の地脈が震えている理由はまだ誰も知らない。
けれど、アランの光だけは確かに感じていた。
(違う……これは暴走じゃない。
“何か”が地脈の下で――眠りから覚めようとしている。)
そして、それは灰哭副層で感じた“欠片”と同じ気配だった。
――“律”が動き始めている。




