第5話:初級ダンジョン第一層 スライム戦
大地を穿つようにぽっかりと口を開けた洞窟。
その入口には古びた石造りのアーチがあり、かすれた文字でこう刻まれていた。
「挑むは一人、帰るも一人」
(うわぁ……なんかもう、最初から帰って来れない感バリバリなんですけど!?)
足を踏み入れた瞬間、背後で重厚な鉄扉が音を立てて閉ざされた。
外の光は遮断され、辺りは闇に沈む。
「……うっ、真っ暗だな」
俺は慌てて短槍を立て、掌を掲げる。
「《ルーメン》!」
ぽうっと小さな光球が生まれ、槍の先を照らす。
(おお……ちゃんと出た! でも……これ、どう見ても懐中電灯だよな!?)
壁に浮かぶ苔がぼんやりと光を反射し、じめじめとした通路が現れる。
足音がやけに響き、心臓がどくどくとうるさい。
――そのとき。
ぬるんっ
足元から嫌な音が響いた。
見下ろせば、半透明のゼリー状の物体がうごめいている。
「うおっ!? スライム!?」
だらりと糸を引きながら、ぶよんぶよんと揺れ、俺に迫ってくる。
ゲームでよく見る“経験値モンスター”のはずが――実際に目の前にすると不気味極まりない。
「お、落ち着け……相手は序盤モンスターだ。俺なら勝てる……はず!」
短槍を構え、勢いよく突き出す。
「えいっ!」
槍先がぷにっと沈み込むが――手応えゼロ。
スライムは槍を包み込むようにぷるぷる震え、むしろ飲み込まれそうになった。
「や、やめろ! 俺の武器吸うなぁぁ!」
慌てて引き抜こうとするが、ぶにゅっと粘液が飛び散る。
視界が曇り、思わず《ルーメン》の光を強めた。
「うおりゃぁっ! 《ルーメン》、フルパワー!」
槍先が眩しく輝き、スライムの表面がぐにゃりと歪む。
まるで懐中電灯を至近距離で浴びせられた虫のように、スライムはぶるぶる震え、後退した。
その体内――光が透けた奥に、ぼんやりと輝く“コア”のようなものが浮かび上がった。
(……あれか!)
「狙うは一点……そこだっ!」
俺は狙いを定め、槍を突き出す。
コアに槍先が命中した瞬間、スライムの体がびくんと跳ね、じゅわっと内部から焼かれるように弾けた。
一匹目はぶしゅりと崩れ落ち、ぬるりとした液体の塊となって消滅した。
「……はぁ、なんとかなった……」
そう安堵したのも束の間――。
「ぷるんっ、ぷるんっ」
通路の奥から、さらに二匹が飛び出してきた。
「え、追撃!? お前ら友達連れて来んなよ!」
俺は悲鳴を上げながら後退しつつ、光を槍に宿す。
狭い通路に《ルーメン》の光が反射し、スライムたちはうねうねと身を震わせる。
(よし、光に弱いのは確定だ! つまり……懐中電灯芸・第二幕だ!)
槍を振り回し、光の残像を描くようにスライムたちの目を狙い照らす。
ぶるぶると震えながら、一瞬スライムたちの動きが止まった。
(今だ!)
俺は一気に踏み込み、槍の穂先に《ルーメン》の光を集中させる。
「くらえぇぇぇっ!」
渾身の突きで、一体目のコアを貫き、そのまま槍を滑らせるように二体目の中心部へ突き刺す。
光が内部を焼き切り、ぶしゅっと破裂音を立てて粘液が飛び散った。
息を荒げながら、俺は壁に背を預ける。
残骸の中から、小瓶に入った魔力ポーションが転がり出ていた。
震える手で拾い上げ、光にかざす。
「……ふぅ。三匹相手でも、勝てばいいんだ……勝てば……」
(よし、初階層クリア! 懐中電灯芸でも、勝てばいいんだ!)
胸を張り直し、俺はさらに奥へと足を踏み入れた――。




