第44話:地脈降下 第二層への進行
灰哭副層・第一区画。
調整装置の稼働音が静かに鳴り響く中、各班の測定が完了に近づいていた。
「魔力流、安定域に入りました!」
「導管、反応良好です!」
報告を受け、セレスティアが軽く頷く。
「よろしい。――各班、第二区画への降下を開始。」
その声に呼応するように、観測塔の根元で魔力陣が光を帯びる。
転移門が展開され、地の底へと続く円環が現れた。
アランは一歩、門の前に立つ。
足元から吹き上がる魔風が肌をかすめる。
(あのときと同じ……でも、違う。今は恐怖じゃない。)
リリア・アルヴァインが隣で息を整えた。
「準備はいい?」
「もちろん。」
互いに頷き合い、二人は転移光の中へと身を投じた。
――瞬間、視界が反転した。
薄闇。
足元に広がるのは灰白の石床。
天井からは光の粒が雨のように降り、地脈の脈動とともにゆらめいている。
壁面には古代の符文らしき痕跡が刻まれていた。
「ここが……第二区画。」
リリアが低く呟く。
その声が、空間全体に反響した。
耳を澄ますと、かすかに“音”が聞こえる。
風の音でも、水の流れでもない――
まるで、人の呻きのような……。
「……聞こえた?」
「うん。でも、どこから……?」
セレスティアの通信が符文板を通して届く。
『観測班、全班通信確認。第二区画の安定化を優先。異常波が出た場合は即時報告を。』
アランは頷き、記録符に魔力を流し込む。
光の波が胸元の符に反応し、脈の鼓動と同調した。
しかし――次の瞬間。
「っ……!」
胸の符が一瞬だけ逆流した。
光が収束し、刹那、周囲の影が歪む。
「アラン!?」
リリアが駆け寄る。
アランの視界の端に、ぼんやりと“人の形”が浮かび上がっていた。
それは霧のように揺らぎ、輪郭を保たない。
(これは……残留魔力の幻影? それとも――)
「……“灰哭”の記憶、かも。」
リリアの声が震える。
「副層って、もともとダンジョンの地脈に触れてるでしょ? なら、かつて命を落とした者たちの魔力が……」
「呼び覚まされてる、ってことか。」
幻影がゆっくりと顔を上げた。
目も口もない“影”が、ただアランの方へ手を伸ばしてくる。
だがその手が触れる直前――。
パァンッ!
光の膜が弾け、影が音もなく霧散した。
アランの腕輪が淡く輝き、周囲に細かな光の粒が舞う。
「今の……腕輪が勝手に展開したの?」
「たぶん、魔力反応を感知して自動防御が起動したんだ。」
アランは息を整えながら腕を下ろす。
「学院での感応試験じゃ、こんな反応は出なかったのに……
まるで“意志”があるみたいだ。」
リリアは唇を噛み、霧の残滓を見つめる。
「灰哭の残留魔力に反応してるのかもね……」
緊張が走る中、通信が再び響く。
『第二区画、魔力値上昇。観測層の地圧変動を確認。全班、警戒を強化せよ。』
地鳴りが足元から伝わり、壁の符文が光を放つ。
その光はまるで、地の底に眠る“何か”を目覚めさせるように震えていた。
リリアが唇を噛む。
「……この層、ただの観測帯じゃない。もっと深い“何か”がある。」
アランはゆっくりと前を見据えた。
「行こう。――第三区画の入り口を確認する。」
灰哭副層の奥。
地脈の鼓動が、確かに彼らを“呼んでいた”。
――その頃、地上の観測塔。
セレスティア教官は魔導盤を見つめ、眉を寄せていた。
「……おかしい。副層の魔力曲線が、自然流動じゃない。」
隣の研究官が顔を上げる。
「共鳴……ですか?」
「いいえ、これは――“応答”よ。」
灰哭副層の奥。
地脈の鼓動が、確かに彼らを“呼んでいた”。
その呼び声の正体を、アランたちはまだ知らない。
しかし、次に待ち受けるのは――
霧から姿を得た“灰哭体”との初交戦だった。




