第41話:前日 灰哭副層への備え
翌日。
帝国魔導学院の訓練棟では、朝から慌ただしい空気が漂っていた。
実地演習《灰哭副層》に参加する学生たちが、各課程の装具を受け取りに並んでいる。
「次、光導課程のアラン・ルクレディア!」
呼ばれた名前に、アランが前へ出る。
支給されたのは、白銀の符文装具――光属性の魔力を安定させるための“制御腕環”だった。
腕に装着すると、淡い金光が浮かび上がり、脈の鼓動と同調する。
「……これが学院仕様の符文装具か。」
隣で見ていたリリアがわずかに目を見張った。
「高性能ね。風雷課程用のは、もっと無骨よ。」
「それ、見せてもらっていい?」
「いいけど、ちょっと重いわよ。」
リリアが見せたのは、青銀色の“導風腕環”。
表面に刻まれた符文が細かく振動しており、風の流れを読み取るための感応装置らしい。
アランは興味深そうにそれを覗き込み、頷いた。
「これ……雷撃制御にも使えるんだね。」
「そう。風の流速を精密に捉えれば、摩擦による放電を抑えられるの。」
リリアは軽く笑う。
「――次の演習では、あなたの光、また借りるわね。」
「貸すんじゃない。“一緒に使う”んだよ。」
アランの言葉に、リリアはわずかに頬を赤らめた。
「……言うようになったわね。」
訓練場では、教官たちが魔力導管の調整を進めていた。
セレスティア教官が全体に向けて声を上げる。
「注意事項を伝えます。灰哭副層は、帝国の魔脈核と直結しています。
そのため、魔力の流れが予測不能になることがあります。
各自の符文装具を常に同期状態に保ちなさい。」
学生たちの表情が一気に引き締まる。
彼女は続けて言った。
「副班長、アラン・ルクレディア。班員の魔力同期を一括で管理しなさい。」
「了解しました。」
セレスティアがわずかに微笑む。
「あなたならできるわ。光は調和の象徴――焦らずに、導きなさい。」
昼過ぎ、準備を終えたアランとリリアは、学院の中庭に出た。
風が柔らかく吹き抜け、遠くの空に雲が流れている。
「ねえ、アラン。」
「うん?」
「あの場所……あなた、行くのは二度目なんでしょ?」
アランは掌を見つめながら続けた。
「前は“試される側”だった。でも今回は、“確かめる側”だと思ってる。」
リリアは静かに頷いた。
「そういうの、好きよ。……真っ直ぐで。」
「褒め言葉?」
「ええ。班長として、頼りにしてるわ。」
二人の間に短い沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのは、空から聞こえた鐘の音。
学院の中央塔から、遠征前日を告げる合図が鳴り響いた。
「いよいよ明日、か。」
「そうね。」
リリアは空を見上げ、少しだけ笑う。
「“灰哭”って、どんな場所なのかしら。」
「たぶん……前よりも深い闇だ。でも、そこにしかない光もある。」
アランの言葉に、リリアは静かに頷いた。
そして――その瞳に、確かな決意の光が宿る。
夜。
学院の最上階、研究局の会議室。
セレスティア教官が数名の研究官と並び、淡く光る立体地図を見つめていた。
「灰哭副層の魔力圧、昨日から上昇傾向です。」
「安定化装置を追加で設置した方がいいな。」
「いいえ、逆に刺激を与えないほうが安全です。」
議論が交錯する中、セレスティアが静かに口を開く。
「……いずれにせよ、予定は変えません。
観測対象“アラン・ルクレディア”と“リリア・アルヴァイン”。
二人の共鳴が、どのように魔脈に影響するか――それを確かめるのが目的です。」
研究官のひとりが眉をひそめた。
「彼らを危険に晒すつもりですか?」
セレスティアは首を横に振る。
「危険なのはいつだって“未知”よ。
だとしても――それを見ずに進歩はあり得ない。」
静寂のあと、窓の外で雷光が走った。
それはまるで、灰哭の地からの“予兆”のようだった。




