第40話:告知 灰哭副層への招集
昼の鐘が鳴るころ、学院の講堂はざわめきに包まれていた。
セレスティア教官が前に立ち、銀の杖で床を軽く叩く。
その音が響いた瞬間、魔導板の上に淡い地図が浮かび上がる。
「――来週、帝都郊外の“魔脈実験区《灰哭副層》”にて実地演習を行います。」
教室の空気が一変する。
学生たちは互いに顔を見合わせ、ざわめきが広がった。
「灰哭……って、あのダンジョンの?」
「封鎖されたって聞いたけど……」
セレスティアは静かに頷き、説明を重ねる。
「補足します。半年前、帝都郊外にある《灰哭のダンジョン》は暴走魔脈の影響により封鎖されました。
その後、地下へ伸びる魔脈の“余波”を観測するために、研究局が人工転移門を設置。
現在は下層接続域のみを再開放し、観測・制御の試験場として《灰哭副層》と呼称しています。
言い換えれば――皆さんが向かうのは、かつてのダンジョンと同じ地脈を共有する“根”の領域です。」
立体地図が階層図へと変化し、上層に「旧ダンジョン跡」、下層に「魔脈観測区画」が浮かぶ。
「副層は安定化処理済みですが、局地的な乱流は残存しています。理論と制御を、実地で確かめる好機です。」
前列の席で、アランは無意識に拳を握った。
(灰哭……また、あの場所に行くのか。)
隣ではリリアが少しだけ眉をひそめている。
「実験区ってことは、危険もあるってことよね。」
「そうだね。でも、挑む価値はある。」
「……ほんと、あなたって前向きね。」
リリアは呆れたように笑いながらも、その瞳には僅かな闘志が宿っていた。
セレスティアが次の指示を読み上げる。
「演習は課程ごとの混成班で行います。
光導基礎課程と風雷課程は合同。
――班長はリリア・アルヴァイン、副班長はアラン・ルクレディアとします。」
一瞬、講堂が静まり返る。
数名の学生が「やっぱり」「特別扱いだ」と小声で囁いた。
アランは前を見据えたまま、深く頭を下げる。
「……承知しました。」
セレスティアはわずかに微笑み、声を落とす。
「この実地演習は、単なる訓練ではありません。
魔脈の安定化実験――つまり、帝国魔導理論の未来を左右する試みです。
光と風、ふたつの系統が調和したとき、どんな現象が起こるのか。
あなたたちには、それを“見届ける役”を担ってもらいます。」
彼女の言葉は静かでありながら、講堂全体に重く響いた。
学生たちの間に、期待と不安が交錯する。
放課後。
学院の中庭で、アランとリリアは並んで歩いていた。
「班長と副班長、ね。」
「やっぱり、一緒になったね。」
「偶然……じゃないと思うけど。」
リリアは軽く笑ってから、真顔に戻る。
「でも、あの場所。あなたにとって特別なんでしょ?」
「……ああ。初めて“光が俺に応えてくれた”場所だから。」
風が吹き抜け、リリアの髪がふわりと揺れる。
その横顔を見ながら、アランは小さくつぶやいた。
「今度は――恐れずに進むよ。灰哭の光を、自分の手で確かめたい。」
リリアは足を止め、彼をまっすぐ見つめる。
「なら、私もその光に届いてみせる。風は、どこまでも追いつくから。」
二人の間を、風と光が交差するように通り抜けていった。
その一瞬、空気がわずかに震え、目には見えない共鳴が走る。
同じころ、学院上層階の研究局室。
セレスティアは報告書を手にして、誰かと通信していた。
「はい――彼を副班長に指名しました。
光導理論の観測に最も適していると判断しました。」
通信越しに、低い声が返る。
『……了解した。だが、灰哭副層の魔脈核はまだ不安定だ。
もし異常が起きた場合、即時撤収を優先せよ。』
「承知しています。」
通信が切れたあと、セレスティアは静かに窓辺に立つ。
帝都の遠く、霞む地平線の向こうに灰色の霧が漂っていた。
「光と風――二つの理が交わるとき、
新しい“導”が開くのか。それとも……」
その独白は、誰にも届かぬまま風に溶けていった。




