第38話:分析 光の輪郭
翌朝。
学院研究棟の最上階――セレスティア教官の私室研究室では、静かな魔力音だけが響いていた。
魔導板の上に、昨夜の《ルミナ・シェル》の残留波形が投影されている。
淡い金色の光が、緩やかな螺旋を描きながら回転していた。
「……やはり普通の結界とは違う。反射ではなく、吸収と整列。」
セレスティアは髪を耳にかけ、細い指先で光をなぞる。
「これほど短時間に構築したとは……。理論では説明がつかないわね。」
助手のリオンが、資料を抱えて近づいた。
「昨日の記録、全員分解析しました。
他の生徒の魔力波は標準範囲内でしたが……このデータだけが異常です。」
「アラン・ルクレディア。」
セレスティアは小さく名前を呟く。
「光属性が“干渉を許した”――それがどれほど異例か、わかるかしら。」
「百年分の魔導理論が書き換わりますね。」
「ええ。けれど、今はまだ仮説の段階。」
彼女は静かに笑い、光波を閉じた。
「――まずは観察からよ。」
訓練場の隅。
アランはひとり、符文板を前にして座っていた。
《ルミナ・シェル》の再現を試みていたが、何度やっても上手くいかない。
(あのときの感覚……光が、雷を受け入れた瞬間。
無理に押さえようとせず、“包み込んだ”。
でも、意識してやろうとすると……崩れる。)
掌に光を集めようとすると、すぐに拡散してしまう。
光の粒が空気に溶け、残光だけが残った。
「集中しすぎ。光は押さえつけると逃げるわよ。」
声の主はリリアだった。
杖を肩に担ぎ、軽く笑う。
「昨日の話、みんなしてたわ。“光の守護”って呼ばれてた。」
「そんな大げさな……偶然だよ。」
「偶然で雷を防げるなら、誰も苦労しないわ。」
リリアは真顔になり、少し間をおいて言った。
「……ねぇ、あなた。次の合同実技、また組む気ある?」
「もちろん。昨日のも半分は君のおかげだ。」
「ふふ、そういうことにしておくわ。」
風が吹き抜け、二人の前の符文板がわずかに光った。
リリアはその光をじっと見つめ、ぽつりとつぶやく。
「光が“干渉を拒まなかった”……先生、そう言ってたでしょ。
私たちの共鳴も、もしかしたらその影響かもね。」
アランはその言葉に目を細める。
「――もしそうなら、光は風を怖がってないってことだ。」
「怖がってない、ね。まるで生き物みたい。」
「そうだな。光も魔力も、扱う人の心に反応する。
だから俺は、もっと光と向き合ってみるよ。」
リリアは少し驚いたように笑った。
「ほんと、真面目なんだから。……でも、嫌いじゃないわ。」
そのころ、研究棟の別室。
セレスティアは報告書を閉じると、窓の外を見上げた。
白い雲の隙間から、淡い陽光が差し込んでくる。
「光が、干渉を拒まなかった……」
彼女の瞳に、再び銀の光が宿る。
「もしかすると――彼の魔法は、“他者と共鳴する光”なのかもしれない。」
研究記録の最後に、彼女は短く書き足した。
『ルクレディア・アラン――観察対象として要注視。
光導系統、既存理論外の進化の可能性あり。』
その文字が書き終えられると同時に、
窓辺の魔力灯が静かに明滅した。
まるで、“その光”が彼の名に反応したかのように。




