第37話:雷鳴の授業
翌週。
学院の廊下は、あるひとつの話題でざわついていた。
「見た? 光と風が共鳴したって!」
「ありえないでしょ、光属性は他と混ざらないはずよ?」
「でも教官が認めたってさ。ルクレディアって子、すごいらしい。」
アランが廊下を歩くたびに、そんな囁きが聞こえてくる。
本人はできるだけ気にしないようにしていたが、どこか落ち着かない。
(注目されるのはいいけど……目立ちすぎたかな)
中庭のベンチで待っていたリリアが、少し呆れたように言った。
「有名人ね。歩くだけでみんながこっちを見る。」
「できれば静かにしていたいけど……もう遅いみたいだ。」
「まあ、悪い噂じゃないからいいじゃない。」
リリアは肩をすくめ、すぐに表情を引き締めた。
「今日の授業、風雷課程との合同よ。私たちの“共鳴”が正式に観測されるわ。」
訓練場。
広いドーム状の空間に、二十人ほどの学生が並んでいた。
壁面に刻まれた魔導回路が淡く光り、天井の導管が静かに唸っている。
セレスティア教官が前に立ち、杖を地面に突いた。
「今日は雷撃術の実地観察を行います。風属性の上位派生――雷の理論を、光導課程でも確認します。」
「雷撃術のデモを担当するのは、アルヴァイン・リリア。」
「えっ、私?」
リリアが一瞬目を丸くする。
「前回の共鳴試験の実績を考慮して、あなたが適任です。」
セレスティアは微笑み、アランに目を向けた。
「ルクレディア。観測役をお願い。あなたの光制御で、雷の軌跡を可視化します。」
「了解しました。」
リリアは深呼吸し、杖を構える。
風が足元に渦を巻き、空気の圧が高まっていく。
「――《アーク・ボルト》!」
杖先から蒼い閃光が走り、訓練場の中央を貫いた。
轟音が遅れて響き、観測装置の魔力針が一気に振り切れる。
アランは光を収束させ、その軌跡をなぞる。
雷の進行方向が、光の帯として浮かび上がった。
「見える……風が作った導線を、光が追ってる。」
リリアの声に、セレスティアが満足げに頷く。
「それが雷撃術の核心です。風が道を作り、魔力が流れ、放電が起こる。」
しかし、その次の瞬間。
アランの視界に、異常な波が走った。
(……魔力が暴れてる!?)
「リリア、止めて――!」
「制御が――間に合わない!」
閃光が暴走し、雷が壁面へ跳ね返った。
アランは反射的に両手をかざした。
今までの経験で学んだ制御の感覚、共鳴試験で掴んだ位相の感触がよみがえる。
光を“押し返す”のではなく、“包み込む”ように――。
「――《ルミナ・シェル》!」
掌の前に、眩い光膜が走った。
透明な球状の壁が瞬時に展開され、雷撃がぶつかる。
轟音が響き、光が弾け、風が渦を巻く。
そして――暴走した雷が吸い込まれるように光膜に消えた。
訓練場が静まり返る。
光の残滓だけが、空中に漂っていた。
セレスティアがゆっくりと近づき、目を細める。
「……今のは?」
アランは肩で息をしながら答えた。
「わかりません。でも――光を“留めた”だけです。」
「留めた……ふむ。」
セレスティアは符文板に記録された波形を確認し、小さく頷いた。
「防御結界ではない。光子の整列による圧縮反射――まさに新しい制御形態ですね。」
彼女は微笑み、穏やかに言葉を続けた。
「よくやりました、二人とも。……今のは“失敗”ではなく“発見”です。」
「発見……?」アランが息を整えながら尋ねる。
「光の結界が雷を吸収した。
理論上あり得ない現象――だが、あなたの光は“干渉を拒まなかった”。
それが意味するのは……まだ誰も知らないわ。」
リリアはアランの方を見て、静かに笑った。
「やっぱり、あなたといると退屈しないわね。」
アランも少しだけ笑い返す。
「次は、ちゃんと制御してみせるよ。」
セレスティアの銀の瞳が、ほんの一瞬だけ輝いた。
その光は、まるで新しい研究の始まりを告げるようだった。




