第34話:初授業 光と風の理論
翌朝、学院の鐘が三度鳴った。
光導基礎課程の教室――そこは半円状の講義室で、壁一面に魔法陣が描かれている。
天井を走る導管が淡く光を放ち、魔力の流れがゆるやかに循環していた。
アランは最前列に座り、魔導板を手に取る。
机の表面には小さな符文刻印があり、魔力を流すことで描線が浮かび上がる仕組みだ。
(これが学院式の符文板か……。筆記じゃなく、直接魔力を通して構築を学ぶんだな)
扉が静かに開き、ひとりの女性が入ってきた。
銀の髪を高くまとめ、蒼いマントをまとった女性――セレスティア・フィルネス教官。
帝国魔導士団の出身であり、雷撃理論の権威として知られている。
「おはようございます、諸君。今日からあなたたちは“理論を現象に変える”段階へ入ります。」
その声は澄んでいて、どこか冷たくも美しい。
セレスティアは黒板に指先を走らせ、魔力で六つの紋章を描き出した。
「光・闇・風・水・火・土」――六属性の象徴。
「まず、基礎属性は六つ。
そして今日扱うのは“風”の上位現象――雷。
これは独立した属性ではなく、風の流れを圧縮・摩擦させた結果、放電が起きる現象です。」
彼女は軽く指を鳴らした。
次の瞬間、教壇の上で空気が震え、ぱちりと青白い火花が弾けた。
「このように、風の者は空気の密度を操ることで電流を生み出せます。
一方で――光属性は干渉しません。光は“純粋”であり、他を混ぜない。
ゆえに、光導士は派生ではなく、深化によって強さを得るのです。」
(深化……つまり、広げるんじゃなく、磨く)
アランは無意識に拳を握った。
(光は混ざらない。なら、誰よりも純粋に“制御”を極めればいい)
「では次に、“符文構築”の実践です。」
セレスティアが手を叩くと、机の魔導板が一斉に発光した。
「査定試験では理論式を描いたでしょう。
ですが、学院では“動かす”段階に入ります。
魔力を流し、符文を安定させ、属性の位相を合わせる――これが実戦構築です。」
ざわ、と教室が緊張に包まれる。
生徒たちは一斉に手をかざし、魔導板に魔力を流した。
光、風、水、火……さまざまな色の光が重なり、教室はまるで宝石の洞窟のように輝いた。
セレスティアの視線が静かに動く。
「では、次の段階に進みます。“共鳴試験”――ペアでの符文安定化です。」
「ペア、ですか?」と誰かが声を上げる。
「ええ。異なる属性同士の符文を重ね、どれだけ位相を合わせられるかを試します。
理論だけではなく、感覚と信頼も問われますよ。」
名簿をめくる音。
セレスティアが静かに告げた。
「ルクレディア・アラン――アルヴァイン・リリア。二人で組みなさい。」
教室がざわめいた。
アランは立ち上がり、向かいの席にいる金髪の少女と目を合わせる。
「……また、あなたなのね」
リリアは小さく息をつき、しかし口元には挑むような笑みを浮かべた。
「いいわ。私の理論が正しいって証明してあげる。」
アランも負けじと笑う。
「じゃあ俺は、制御で見せるよ。」
セレスティアが手を振ると、二人の机の魔導板が融合し、ひとつの符文陣が浮かび上がった。
青白い光と黄金の光が、ゆっくりと重なり合っていく。
(位相のずれが……大きい。でも、合わせられるはずだ)
二人の魔力が交錯し、空気が震えた。
雷鳴のような微かな音が、静かな教室に響く――。
光と風。
混じらぬはずの二つの属性が、いま初めて共鳴しようとしていた。




