表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/33

第25話:灰哭の森・最奥 影狼王

灰色の霧は、さらに深く、さらに濃く――まるで森そのものが息を潜めているようだった。


(……おかしい。方角を間違えていないはずなのに、同じ景色が続いている)


朝か、それとも昼かもわからない。

灰の森では時間の流れすら曖昧だった。


アランは背負い袋の残り少ない携帯食を口に運び、

喉を潤すために魔力ポーションを一本取り出す。


(ここで使う……もう戻る気はない。最後まで行く)


青い液体を一気に飲み干すと、

体の内側に光が走ったように魔力の流れが安定していく。

霧のざわめきが遠ざかり、意識が研ぎ澄まされていくのがわかった。


(この静けさ……きっと、最奥だ)


――灰色の森の最深部。

音という音が吸い込まれたように、空気が張り詰めていた。


アランは湿った地を踏みしめ、霧の奥を見据える。

槍を握る手に、魔力がじわりと集まる。


「――影狼王かげろうおうか」


灰哭の迷宮で戦った“影狼”の進化体。

その身体は黒い霧と同化し、姿を掴むことすら困難だった。

まるで闇そのものが意思を持ったかのように、うねりながら近づいてくる。


次の瞬間、地面を裂く衝撃が走った。

アランは跳んでかわしたが、後ろの木々が一瞬で粉砕される。


(……やっぱり、格が違う!)


反撃に転じる。

槍を前に突き出し、魔力を流し込む。


「――《ルーメン》!」


閃光が闇を切り裂く。

だが影狼王は霧の中に溶け、光を吸い込むように姿を消した。


(消えた――!?)


背後からの衝撃。

槍で受け止めるが、重圧に押されて膝が沈む。

腕に焼けるような痛み。すぐに跳び退いて距離を取る。


(“実体”と“幻影”が同時に存在してる……!)


影がゆらりと揺れ、数十の狼の形を作る。

本体を見分ける術はない。

アランは瞬時に判断を下す。


「――《ミラージュ》!」


幻影が散開し、狼の群れと交錯する。

だが影狼王の咆哮が森を震わせ、幻もろとも吹き飛ばされた。

爆風のような魔力の奔流が体を叩きつけ、肺から息が漏れる。


「……ぐっ……!」


地面を転がりながらも立ち上がる。

喉の奥から血の味が広がり、呼吸するたびに肺が焼けるように痛む。

それでも、アランは槍を強く握り直した。


(俺が光を放つために――ここまで来たんだ!)


槍の穂先に魔力を集中させる。

霧の中で光が脈打ち、古代文字のような光の筋が浮かび上がった。


――《ルミナエッジ》。光を刃に。


槍の一閃が光の軌跡を残し、影狼王の黒霧を切り裂く。

悲鳴のような唸り声が森を震わせるが、黒霧はすぐに再生し、再びアランを呑み込もうと迫ってくる。


(……光の刃じゃ足りない。闇そのものを貫く“光”じゃないと!)


黒霧が腕を掴む。視界が暗転する。

全身が飲み込まれそうになったその瞬間、

アランは胸の奥で魔力を爆ぜさせた。


(ルミナエッジ……光を刃に。なら、その刃を――俺自身に!)


全身に魔力を巡らせる。

血管が熱を帯び、皮膚の下で光が脈動する。

息を吸い、叫ぶ。


「――《ホーリードライブ》!!」


眩い閃光が爆ぜた。

森全体が白く染まり、霧が一瞬で吹き飛ぶ。

アランの身体は光の軌跡となって走り抜け、影狼王の胸を一直線に貫いた。


黒霧が悲鳴のような音を立てて弾け飛ぶ。

轟音のあと、森に静寂が戻る。


アランは膝をつき、荒い息を吐いた。

(……やった、のか……)


倒れた獣の胸部から、淡く光る魔石が転がり出る。

拳ほどの大きさで、黒と白の光が内部でせめぎ合っていた。


槍を杖代わりに立ち上がり、それを拾い上げる。

掌に伝わる鼓動が、自分の心臓と同じリズムを刻んでいた。


(――帰らなきゃ)


灰色の霧の中で、かすかに朝の光が差し込む。

アランは静かに息を吐き、空を見上げた。


「……光は、まだ消えていない」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ