第24話:灰哭の森・第三層 黒樹の番人
灰の霧が途切れぬまま、どれほど歩いたのか。
木々の配置も、地面の形も、まるで同じに見える。
(……おかしい。さっき通った倒木と同じ形だ)
アランは立ち止まり、目を細めた。
霧の中で何かが揺らめく。方向感覚が狂うほど、灰色の世界は静かだった。
背中の布袋を確かめる。残りの携帯食は一日分。
水筒も半分以下だ。
(これが二日目……。瘴気の濃度が上がってるせいか、体の芯まで重い)
彼は槍の柄を地面に突き立て、深く息を吸った。
(落ち着け。焦れば幻惑に呑まれる)
《ライトヴェイル》を展開し、
光の薄幕を周囲に張る。
灰色の霧がわずかに退き、足元がはっきりと見えるようになった。
(……よし。進行方向、あの黒い樹だ)
再び歩き出したその先で、
空気が一変した。
どこからか、かすかな低音――木が軋むような音が響いてくる。
「……まさか」
霧の向こうに、一本だけ異様に太い幹がそびえていた。
周囲の木々がまるでそれに跪くように傾いている。
(これが第三層の中心……間違いない)
アランは腰の布袋から、青い小瓶を取り出した。
「――《魔力ポーション》、一本使うか」
封を切ると、薬草の苦い香りが立ち上がった。
冷たい液体を喉に流し込み、しばらく目を閉じる。
身体の芯からじわじわと熱が広がり、指先に魔力の鼓動が戻ってくる。
(よし……視界が澄んできた。これでまだ戦える)
再び槍を構えると、
黒樹の幹がゆっくりと“動いた”。
太い根が地を這い、枝が蛇のように空を切る。
「……黒樹の番人、か」
その声に呼応するように、
幹の中心が裂け、赤い光が二つ――まるで瞳のように輝いた。
(くる!)
枝が唸りを上げ、鞭のように襲いかかる。
アランはとっさに横へ跳び、地を転がる。
破片が飛び散り、頬をかすめた。
「――《ミラージュ》!」
分身が散開し、番人の攻撃を受け止める。
幻影が裂かれ、霧が舞う。
その隙を突いて、アランは光を槍へと流し込む。
「――《ルーメン》!」
槍の穂先が白く輝き、
アランは跳躍、一気に間合いを詰めた。
「《ホーリーランス》!」
閃光が黒樹を貫く。
轟音と共に根が焼き切れ、
幹がゆっくりと崩れ落ちていった。
灰の霧が晴れ、風が吹き抜ける。
アランは膝に手をつき、息を吐いた。
(……二日目、か。残りはあと一日。絶対に戻る――)
倒木の中心に、微かに光る石箱が埋まっていた。
中には、焼け焦げた羊皮紙の断片。
刻まれた文字は――《ルミナエッジ》。
アランはそれを手に取り、霧の向こうを見据えた。
(次が最後の層……“影狼王”。ここで終わらせる)




